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点鐘[連載コラム]
茶道と武士道
伊藤 宏一(千葉商科大学大学院教授)  2008年2月27日

今から約100年前、日清・日露戦争後の1906年、ニューヨークで岡倉天心の『茶の本』が英文で出版され た。「西洋人は、日本が平和な文芸にふけっていた間は野蛮国とみなしていた…しかるに満洲の戦場に大々的殺戮を行い始めてから文明国と呼んでいる。近ごろ 武士道 …死の術について盛んに論評されてきた。しかし茶道にはほとんど注意がひかれていない。この道はわが生の術を多く説いている…」天心はこう書い て、日本の誇りと品格は、武士道=死の術ではなくて茶道=生の術にあると説いた。

茶道の理想は茶という生活と人生の些事の中にも偉大を考えるという点にある。これは事物の大小の区別はなく、一原子の中にも大宇宙と等しい可能性があると考える禅の影響を受けている。

茶室は、茶器も花も絵も含めて「不完全」の世界である。人は茶室におちつき、不完全な茶器や花や絵と交流し、限られた茶室空間、限られた穏やかな時間の中で、心に自由に美を完成させていく。不完全とは発達の可能性のことであり、茶道はそれを各人の想像力に託している。

茶室はまた「静寂」を目的とする。それは「平和の家」である、と天心はいう。武士もその剣を軒下の刀架にか けておく。光線は和らげられ、すべての物が清潔である。そして身尊きも卑しきも同様に3尺ほどのにじり口から低くかがんで茶室に入る。茶の湯はその点で 「東洋民主主義の真の精神」を表している。

茶道は元来、簡素を旨としている。簡素なものが最も美しいという考えは、ウイリアム・モリスにもある。モリ スのレッサー・アート(小さき芸術)の理念、真の芸術を壊すものは奢侈であるという思想は、茶道に通じている。そしてモリスの影響の下に宮沢賢治が書いた 『農民芸術概論綱要』末尾の「永久の未完成これ完成である」という言葉は、恐らく茶道の「不完全」の考えに通じているとも思う。

中国の唐の煎茶に始まる茶の世界は、宋の抹茶に至って自性了解の方法となり、15世紀の日本に伝わって「茶 の理想の極点」としての「茶の湯」となった。こうした東洋の茶の習慣、喫茶は17世紀に西洋に伝わり、ついには米国の独立戦争のきっかけとなったボストン 茶会事件に及ぶ。

…さて戦後の日本はあまりにも米国的発想になりすぎ、本来の茶道の精神は失われている。今大切なのは、武士道ではなく、凛々しい茶道の精神を重んじる「東アジアの小国日本」の静かな誇りと自覚ではないだろうか。

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