伊藤宏一(千葉商科大学大学院教授)
2009年3月4日最近あるCDを聞いてとても感動した。グスターボ・ドゥダメル指揮シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラが演奏したチャイコフスキーの交響曲第五番だ。指揮者もオーケストラも若いベネズエラ人だ。
この交響曲のテーマは「運命への不安とその克服、そして勝利」というものだが、彼らはこのテーマに自分たちの状況を重ねて演奏している。「交響曲第五番は、単なる音ではない。オープニング・モチーフは誰もが知っている。それは運命であり、宿命であり、全ての人にとって何か重要なものなのだ。説明の必要もない。それは音の中にあり、聴けば感じることができる。この交響曲は怒りで始まる。しかし終わりまで展開に沿って演奏して、最終楽章まで来ると、そこには希望がある。」「聞けば音楽の中にそれを感じることができる。多くの子どもたちは貧しい家庭からきている。彼らは犯罪、ドラッグ、家庭の問題などひどい体験をしてきている。でもこの音楽を演奏するとき、彼らには特別なものがある。みんな希望を分かち合える。何か驚くべきものになるんだ。」
これはドゥダメルがベートーヴェンの「運命」に対して語った言葉だが、「怒り」を「暗い不安」に変えれば、恐らくほとんど同じことが、このチャイコフスキーの五番についても言えるのではないかと思う。この交響曲の「あこがれ」や「希望」をこれほどの熱い想いで演奏した例は稀だと思う。
ベネズエラが国の社会政策として1975年から始めた青少年のためのオーケストラ活動であるエル・エステマには今日まで25万人以上の子どもが参加しており、その目的はオーケストラ活動を通して貧困や犯罪をなくし、子どもたちに肯定的な人生を歩ませようということだ。その中心となるのがベネズエラ独立の英雄であるシモン・ボリバルの名を冠したこのユース・オーケストラであり、才能あふれる28歳の若き指揮者ドゥダメルだ。
演奏はスケールが大きく、推進力があり、オーケストラにも指揮者にも未完の大器を感じさせるものがある。ゆがんだ過剰消費と過剰金融の世界の対極に、これほどすがすがしい精神の富があることは、今日の人類の希望でもある気がしてならない。そこから勇気をもらうのは、私だけではないだろう。
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