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第1回 うつ病が増えています? |
薬局で処方箋を出して待っている間、壁に張り出された、ポスターに目が止まった。
「《うつ病》が増えています。現代では、50人から35人に1人がうつ病にかかっているといわれ、100人のうち約15人が、一生の間に《うつ病》になる計算です…」。
それを見たぼくは「いとも簡単に計算してくれるよ」と呟いた。でも、80歳のぼくの頭は結果がピンとこない。50人に1人、35人に1人と来たのだから、次も××人に1人と来なければ、不親切というものだ。そこで、呟きながら計算しなおす。100人に15人というと、何人に1人になるかな。100を15で割ると、6.66人。
それより、日本で幾人いるといわれた方がピンと来る。なになに人口1億2000万人の日本で1800万人が、一生の間に「うつ病」になる。本当か? 今現在の方も計算しなおそう。240万から342万人が「うつ病」?
ぼくが精神科医になりたての頃は、あまりよい統計がなかったな。それに診断の規準も、同じではなかった。当時、大まかに、100万以上という数字を出した人もいたな。そのころの数字と比べて、増えたといえるのだろうか。正確には比較できない。だから「増えてます」などと言い切るのは正しくないな。そもそも診断の規準が違った。
昔はドイツ精神医学の「内因性うつ病」という規準で測っていた。今はアメリカのDMS-IVという、症状中心の規準だ。神経症に入っていたものや、親や肉親を失った時の「喪のうつ病」も、今は「うつ病」だ。だから、単純に「うつ病が増えた」と数字だけを見ていうのは正しくない。「うつ病という診断が増えた」という日本語の方がより正確だろう。だから、そのことを知っているぼくは、「最近の医者はなんでも《うつ病》にしてしまう。だから、数字の上では増える。しかし、昔たくさんあった《ヒステリー》という診断は、最近見られなくなった。ゆううつだと訴えるが、神経症に入れたいという考えから作られた「神経症性うつ病」などというものは、今では全部ここにお引越しだ。逆に「仮面うつ病」だなどというものは、どこに行っちゃうのだろう。
トータルして、増えているか、どうなんだろう。今や元精神科医という方が正しい肩書きかもしれないぼくだが、昔を知っている(ということは、今に至るまでを知っていることだ。今だけを知っている人と、少し違う)ので、簡単に「増えてる」という言葉に引っかかってパニックにならない。しかし、今しか知らない人たちは、この言葉にショックを受けるだろう。善意から、皆に知ってもらおうと思って書く人は、分かりやすいと同時に、より正確な日本語を使おうと、努力してもらいたいものだ。
日本で1800万人の人が「うつ病になる」といわれて多いなあ、と思う人に、ぼくはいう。「人間は、だれでも死ぬまでに1回は《うつ病》になると考えています」。その方がショックだろうか。
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