HOME HALF TIME なださんのメンタル・スケッチ

なださんのメンタル・スケッチ
第5回 顔の見えない試験

高校の先生のあなたに問う。もしセンター試験で、自分の受け持ちの生徒が、普段の成績から見て、信じられないような悪い点数をつけられたとする。本人が何かの間違いだろうと訴えてきた。その時に、これは間違いではないかと、センターに、問い合わせる勇気をお持ちだろうか。

ま、問い合わせても相手にされまいと、先回りして、本人を慰めて諦めるように説得するのではないか。本人が諦めているのに、諦めるな、おれがセンターに問い合わせてやるといえる先生がどれだけいるだろう。

パリに住んでいる孫がいる。今年はバカロレアの前期の試験を受けた。前期はフランス語の試験である。筆記の方はまあまあの成績だったが、口頭試問の成績を見てビックリした。信じられないような点がついていた。

当の本人が、諦めムードである。そのまま家族とバカンスに出た。フランスはバカンス第一の国なのだ。

しかし、パリの有名高校の飛び切りの優等生数人が、ひどい点をつけられていた。母親が「おかしい」と高校の校長のところに行って訴えた。はじめのうち校長は「バカロレアに、そんな間違いは絶対ありえない。あなたは少し教育ママ過ぎる」と取り合わなかった。それを伝え聞いて、別の母親が、自分の子どもは試験に病欠したが、受けていない試験の点数が発表されていたといった。受けない試験の成績が存在するはずがない。とうとう校長も動いた。父母だけでは問題にしなかった試験の統括者も、校長が動いたので、調査に踏み切った。こうして、パリのいくつかの高校を試験場としたケースに、受験番号とずれて点数が記入されたミスが発見された。一人ずつずれてしまったらしい。たまたまパリの名門校の飛び切りの優等生たちが、信じられないような点数をつけられなかったら、ミスは発見されなかったかもしれない。ぼくの孫が受験した試験場もその一つだった。

もし校長が、バカロレアの無謬性を信じ続けていたら、こんなつまらないミスで、一人の人間の人生が変わってしまっただろう。フランスではバカロレアの成績で、進路が決まる傾向がある。進路が決まるということは、一生が決まる場合もあることだ。顔の見える学校内での試験の成績は、何かの間違いがあっても、チェックされる。ところがバカロレアや日本のセンター試験は、巨大になると同時に、理由なく無謬性の神話が生まれ、おかしいという子どもの訴えが取り上げられることはほとんどなくなった。顔の見えない試験だからだ。だからこそ、普段の成績をよく知っている担任の先生は、おかしいと思われたときは声をあげ、また巨大試験の担当者はその声に耳を傾けなければならない。あってはならないことと、あるはずがないこととは同じではない。人間のやることに無謬はありえない。遠い国で起こったことではすまされない。

Page Top