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なださんのメンタル・スケッチ
第7回 ケンカの意味

「最近の若い人はケンカが下手だ。ケンカの仕方も知らない」と嘆いたら、若い人に咬み付かれた。

「なんでケンカがうまくなくてはいけないのですか。ケンカは悪でしょう」

「ケンカは悪かもしれないが、そういったって、ケンカをしないで生きられますか。あなただって、これまで、最低、兄弟ケンカぐらいは、やったのじゃないですか」

それに対する答が「どうやってですか。一人っ子に、どうやって兄弟ゲンカをしろというのですか」だった。これには参った。

ぼくは人間には兄弟か姉妹がいるものと思っていた。だが、少子化で一人っ子が多くなれば、兄弟ゲンカもできない。ケンカの下手なのが増えるはず。これで謎が解けた。

兄弟ゲンカで、ぼくたちは社会の常識とルールを身につけた。ケンカはまわりの人に自分たちの争いを見てもらう形式なのだ。だから、大声を上げる。「なんだ、なんだ、ケンカか」と回りに人が集まる。そこで「みんな聞いてくれ。おれの相手はこんなことをしやがった。おれは我慢ができねえ」と大声でいう。相手も同様だ。ケンカは漢字で書けば口ヘンである。昔は言ベンのこともあったが、同じことである。手ヘンではないのだ。

ケンカは暴力沙汰になりがちである。怒りの感情は暴力に結びついている。しかし、まわりを囲んだ人は、暴力を止めに入る。あるいは既に暴力沙汰になっているケンカをとめる。そして、まずいうセリフが「どちらが先に手を出した?先に手を出した方が悪い」

これがケンカの原則なのだ。だが、止めた人間は先に暴力を振るった人間にも、ちゃんと理由を聞く。「暴力はいかん。だが、どうして手をだした」

兄弟ゲンカの場合は、弟は腕力では到底兄に勝てない。だから大声で泣く。ケンカだから「泣き」も武器になる。こうして周りを味方につける方法を学ぶのだ。ケンカはひたすら暴力が勝つ世界ではなくなって、流行るようになった。だから、火事とケンカは江戸の華といわれた。戦国時代はケンカではなく、殺し合いが流行っていた。火事は人家が密集した都会で事件になる。ケンカは市民社会で、流行るようになった。言論が暴力に取って代わる時代で華となったのだ。ケンカでは強い弱いでなく、上手い下手が重要になる。やはりケンカは必要だろう。

 

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