HOME HALF TIME なださんのメンタル・スケッチ

なださんのメンタル・スケッチ
第11回 道はくねくね

老子の「本来、道はくねくねしたものである」は、ぼくが好きな言葉の一つだ。

だが、この100年の間に、技術は進歩し、山があればトンネルを掘り、川には橋を架け、道はひたすら直線に近くなることをめざしてきた。車や新幹線が走る道が、イメージを変えてしまった。だから、ぼくが患者さんに、人生を道にたとえ、くねくねしていて当然だといっても、今では比喩として通用しなくなった。残念なことである。

直線で走れば、距離も短くなる。スピードも出る。電車に乗っている時間は驚くほど短縮された。昔8時間かかったところに、2時間あれば行ける。昔を知っている人間には信じられないほどの時間の節約だ。

だが、節約した時間で、人間は何をしているか。特別何もしていない。時間は「もったいない」の対象ではないようだ。

ぼくは、昔の癖で、電車や飛行機に乗るときは、いつも何冊かの本を持って行く。荷物がその分重くなるが、それくらいの我慢はする。だから、たまに新幹線が遅れても、ぜんぜん慌てない。長い小説の読み残しの部分を、一気に読み終えることが出来て、遅延、ありがとうというところだ。最近の若者たちは、本を読まなくなったと、深刻な顔をして嘆く人には、「もっと頻繁に新幹線に遅延してもらう運動を起こしませんか」と誘うことにしている。しょっちゅう遅延していれば、若者だって、対策を考えるだろう。で、何割かは読書に向かう。

道がくねくねしなくなって、これでは、ゆとりのない人間ばかりになると心配していたら、鬱病流行りだ。だが、そのことに気付いたのか、人生で回り道をする人間が増えてきた。大学を出てしばらく新聞社で働いていた人が、一念発起して医学部に入り直して、精神科医を始めたり、大学の工学部を卒業してから、医学部に入り直したりするものが出てきた。10年ばかり大企業で働いたが、さっと辞めて、大学の教育学科に入り直し、教壇に立つようになったという話を聞いたりする。
 平均寿命も長くなった。その分、迷っていていい時間も増えたということか。

ソヴィエト時代のロシアでは、看護師を何年か務めたあと、昇格試験を受けて、医者になるコースがあった。これは数少ないよい制度の一つだった。たしか、ソルジェニーツィンの小説のなかで、読んだような気がする。

Page Top