![]() |
第16回 叱るのが下手 |
フランスのナショナルチームが、メキシコに破れ、ワールドカップ一次リーグ敗退が決まった時、たまたまフランスにいた。新聞もテレビも、敗戦の原因探しで大騒ぎになった。だれが悪い。あいつがいけない。
こういう時、まず相手をたたえるのがスポーツ精神というものだが、それをすっかり忘れたようだった。サッカーが大きなビジネスになり、一次リーグ敗退では、スポンサーは元が取れない。そこで選手叩きをして、選手が受け取るべき手当を返上させるための陰謀だと、穿った見方をするものもいた。
ぼくはフランスのジャーナリズムの幼稚さをそこに見た。次の日に日本がデンマークに勝って、決勝リーグ進出を決めた時、デンマークのジャーナリズムが日本チームを褒めちぎったのと対照的だった。
スポーツの試合は相手のあること。相手がいいプレーをすれば相手が勝つ。たまたまその日だけ特別にいいプレーをしただけであっても、相手を褒めて間違いはない。相手のプレーを褒めないで、敗戦の原因だけを探すのは、失礼な話だ。
だが、日本でもジャイアンツのファンには往々にして、同じ傾向が見られる。幼稚なファンが多いということだろう。まず相手を褒めてから、だがあそこで踏ん張っていたら、もしかしたら、こちらが勝っていたかもしれない、と敗因を指摘すれば、選手たちも、後々のプレーに活かせるというものだ。
昔から、日本には叱り上手は褒め上手という伝統があった。日本だけでない、これは世界的な真理かもしれない。普通の職場でもよく見られたし、家庭でもよく見られた。叱り上手の母親は、まず子どもを褒めてから叱った。こんなにいいところのあるお前に、これがやっていけないことだということは、分かるだろう、という順序がよかったのだ。子どもは叱られても反発しなかった。だが、最近、何でもかんでも、ガミガミ叱るものが増えた。家庭でも、学校でも、職場でも。
人間はかならず間違いをする。失敗をする。そしてそこから学んで賢くなる。だから、間違った時、失敗した時に叱るのは重要だ。だから、叱るのも一つの技術と考えればいい。
ところが失敗を見ると、感情的に激してしまう人がいる。しかも自分は正しいと思い込む。フランスのジャーナリズムは、そういう正論を吐く人ばかりに見えた。横から見るとよく見える。
|
|
|























