Asian Regional Tsunami Symposium(アジア地域ツナミシンポジウム)


津波被災地のトラウマカウンセリング・プロジェクト
− スリランカとインドネシア・アチェでの教師への研修を実践して −
冨永良喜(兵庫教育大学)

1. 津波被災地の子どもと教師のためのトラウマカウンセリング・プロジェクト
 国際的な教員組織であるEducation International(EI) は、日本教職員組合(Japan Teacher Union;JTU)と共同で、スリランカとアチェの子どもたちの心のケアのために、トラウマ・カウンセリング・プロジェクトを企画しました。そして、兵庫県のEARTH(震災・学校支援チーム;Emergency And Rescue Team by school staff in Hyogo)がその任務にあたることになりました。私は、そのプロジェクトに講師として参加しました。
 この研修では、その経験をお話しします。

2. EARTHとは
 EARTHは、阪神淡路大震災で受けた全国からの支援に報いるために教職員90名と臨床心理士5名で、2000年1月に結成されました。そして鳥取西部地震、有珠噴火災害、宮城県沖地震、新潟県中越地震と国内で自然災害が発生するたびに、支援活動を行ってきました。

3. チームの構成と日程
 チームは、JTUの福岡憲夫国際部長とEARTHの教員2名と臨床心理士2名の5名で構成されました。神田英幸教諭は、小学校で教育復興担当教諭を長年務めており、子どもの心のケアの第一人者です。諏訪清治教諭は、全国で唯一の環境防災科がある兵庫県立舞子高校で防災教育を担当している英語の先生です。臨床心理士は、兵庫県スクールカウンセラーアドバイザーの高橋哲さんと私です。
 日程は、スリランカ;2005年6月20日から24日、インドネシア・アチェ;2005年7月23日から27日でした。

4. トラウマカウンセリング・プロジェクト
 トラウマカウンセリング・プロジェクトは、現地の教師30名を募り、12日間の研修を行いました。毎日朝9時から夜6時までの研修です。最初5日間をEARTHが、後半7日間を現地の精神科医と臨床心理士が担当しました。そして、研修を受けた教師が、地域の教師200名に研修を行うというシステムです。

5. EARTHが実施した研修プログラム
 EARTHが実施した研修プログラムは、「トラウマの基礎理論、トラウマへのセルフ・カウンセリング、ストレスマネジメント、スクリーニングテスト、トラウマカウンセリング、ケーススタディ、防災教育、描画による表現のワーク、阪神淡路大震災からの復興10年の歩み」でした。

6. 心のケアの内容
 心のケアの世界的な動向としてわかっていることは、以下の3点です。
(1)ストレスやトラウマの心理教育 
(2)ストレスとトラウマへの望ましい対処
(3)信頼関係−人と人の絆
 ストレスやトラウマの心理教育とは、ストレスとなる出来事があった時の心と身体の変化を知り、「異常事態の正常な反応」であることを理解することです。
 命にかかわる出来事に遭遇した時、それを乗りこえるための望ましい対処を積極的に提案することです。
 その二つを進めるために、教師と子ども、カウンセラーと教師、カウンセラーと子ども、医療従事者と教師、すべての人間関係がなにより大切です。

7. 心のケアと宗教
 私たちが、プログラムを組む上で最も配慮したことは、「宗教と文化」です。スリランカは、仏教が70%・ヒンズー教が15%です。一方、アチェは97%がイスラム教を信じています。心のケアは、宗教をぬきには、成り立ちません。

8. 教師たちの叫び
 自己紹介と表現と分かち合いのセッションでは、ひとり一人の津波体験が語られました。スリランカとアチェの教師たちの発言のいくつかを紹介します。
 「津波被害を受けた子どもたちは自分の生活ができなくなっています。さらに、勉強もできなくなっています。その地域では、100人以上の子どもの両親が亡くなりました。それ以外に、たくさんの子どもたちの家が無くなりました。被災した学校がキャンプ(避難所)に使われています。また津波が来ると思っているから、勉強が身に入らないので、みな困っています。先生も困っています。先生たちも親戚が亡くなったり、近所の人が亡くなったりしています。家が無くなった先生たちも困っていますので、学校の仕事が身につきません。」
 「息子が朝起きて『お父さん世界が無くなる夢を見たよ。だから、飼っている鳥を鳥かごから逃がしてあげて』その直後地震があり、津波が来ました。....息子は亡くなりました。」、
 「(津波で亡くなった)子どものことを思い出すと身体にぎゅーっと力が入り心臓が破裂してしまいそうになって...」
 「もう死ぬと思いました。それで、手に握っている全てのものを離しました。すると、身体が木にぐーっと持ち上げられ私は助かったのです。屋根の上にたくさんの枯れ木が積み重なっていました。近づいてみると、それは遺体だったのです。」
 「私の村は軍によって焼き払われました。私は子どもをしっかり抱き逃げました。」、「ある高校生は問題をたくさん起こします。....その生徒は、中学生の時、目の前で父親を撃ち殺されたのです」
 スリランカもアチェも、津波以前に、内戦があっている地です。トラウマは自然災害だけでなく内戦による悲惨な体験も重なり合っている人がたくさんいました。

9. 心のケアとは
 心のケアの本質は、他者が被災者の心をケアするというよりも、被災者が、傷ついた自分の心を主体的にケアできるように、他者がサポートすることです。

10. スリランカで教師が発言したストレス対処法
 スリランカでは、「眠れないときはどんなことをしますか?」というストレス対処の質問に、教師たちは、呼吸法や瞑想法の実際を紹介してくれました。
 呼吸法をみんなの前に横たわり実演する人。
 meditationをはじめだす人。
 童謡を歌いながら身体を左右にゆっくりと動かす方法を提案する人。
 スリランカの教師たちは、日常的に、このセルフケアを実践していました。

11. アチェで教師が実践していたセルフ・カウンセリング法
 アチェでは、教師のほとんどが津波を経験し、多くの方が、家族や親戚を亡くしていました。子どもさんを亡くしたある女性教師は、その状況の中で、津波で苦しむ子どもたちの支援を続けていました。そして、彼女は、亡くなった自分の子どもさんを思い出して辛くなる時は、背を立てて、胸を動かして、大きく呼吸をし、アラーのお祈りの言葉を心と身体に送りますと言っていました。

12. Disaster Mitigation Education
 神田先生と諏訪先生は、防災教育と阪神淡路大震災後10年の歩みを紹介しました。災害に強い国造りは、子どもたちに、勇気と希望を与え、「安心感」を育みます。それは、100年、200年の未来を見据えた取組です。

13. おわりに
 災害は、人の心に、否定的な考えをもたらします。「どんなにがんばってもむだ」という無力感、「ひとりぼっちだ」という孤立無援感、「ひとは信用できない」という不信感、「自分が悪かった」という自責感です。
 災害後の心のケアのねらいは、「被災した人が、否定的な考えを、肯定的・建設的な考えて変える」ことです。
 肯定的・建設的な考えとは、「地震でも壊れない家を作るために僕は建築士になる」、「命を救うための仕事につきたい」というように、過去の悲劇をエネルギーにして、現在と未来をよりよく生きるための考えです。

 災害は、悲劇をもたらします。しかし、人は、悲劇から立ち直り、回復する力をもっています。そして、否定的な考えを肯定的な考えに変えていくために、トラウマの知識と望ましいトラウマの対処を知ることが必要なんです。

 災害は災害前あった悪いことを、よくするきっかけにもなります。津波は内戦を終結させようとしています。被災地の人々は世界からの支援を心強く感じていました。災害に強い国を築いていくことにトラウマカウンセリング・プロジェクトは貢献できると思います。