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私たちのとりくみと考え
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子どもの貧困
09年6月3日
「子どもの貧困」に対して諸外国のとりくみ事例にはどんなものがあるの? |
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よく参照されるのはアメリカ、イギリスの例だね。特にイギリスの場合、1999年当時のブレア政権が2020年までに340万人と推定された子どもの貧困を撲滅することを宣言して、実際数年後には3.6%減らすことに成功したんだ(下の図表3)。その政策手法だけど、日本みたいに少子化対策という限定的な目的によるものでなく、ストレートに貧困下にある子どもを救出するという明確な政策意図に裏打ちされて、大胆に戻し税方式(タックス・クレジット)を活用、子ども一人でも年額数十万円レベルの控除が行われてきた。それだけでなく、子どもにかかわる社会保険の減免など、総合的に子どもの貧困に対応しようとしてきた。教育についても、義務教育無償は日本のように「授業料」無償に切り縮められてはいないし、それどころか、義務教育の国庫負担を100%にしてしまうという、これまた日本と正反対の政策を採っている。医療費については年齢に関係なく基本的に無料! というナショナル・ヘルス・システムもある。幼いころから教育へのアクセス不全を防止するための就学前教育はアメリカではヘッド・スタート、イギリスではシェア・スタートといわれるものが機能している。 そして、今日、知識社会化の進行で、大学などの高等教育の重要性はより高まっていながら、日本の高等教育費の私費負担の割合は欧米では考えられない高率なわけで、これまた、米英では手法は異なるが、実質ほとんど私費負担を避けられるようになっている。こうした多重な子どもの貧困防止策の網が張られているのに対して、なぜ日本ではこれが不在なのかと思わざるを得ない。若者に対する労働政策の不在が結婚など夢の夢、というワーキングプアの背景として指摘されているけれど、子ども政策の不在もダブり絵のように見えるね。 つまり、日本では貧困それ自体を社会があってはならないものとして着目しようとしてこなかったため、貧困があっても見えないようなことになってしまっている。ごく一部の「あっても払わない」例を引いて、給食費など学校関係の支出が滞る世帯に対してモラル的な攻撃をするような世論のあり方も問題だ。急速にはびこってしまった「何から何まで自己責任」、という風潮の表れかもしれないが、政策の不在とあいまって、子どもの貧困を見えにくくしている要因でもあるだろう。ブレア政権に先立つ保守党政権を率いたサッチャーの有名な、「社会というものはないのです」という言葉が示すようなグロテスクな世の中の風圧に、一番弱い層?子どもが吹き飛ばされているのが日本ではないか。 |
日教組はじめ労働組合はこの問題にどう対応したらいいんだろう、そして私たち自身は? |
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日教組もその中核組合であるナショナル・センター「連合」はストップ・ザ・格差社会キャンペーンを継続中。このなかにはもちろん貧困問題も含まれている。社会のあらゆるセクターに向けてこの問題の大切さを訴えていくことは欠かせない。日教組もとりわけ子ども支援に光を当てながら、今後も随時政策提言や、場合によっては独自の金銭的な支出を伴う運動で、社会に訴えかけていくことなども検討中だ。 国連・子どもの権利条約ができて20周年に当たる今日に至るまで、日本政府はこの条約の要である、締約国が「子どもの最善の利益」を追求する、という態度に至っていないのは、これまで見てきた子どもの貧困状況への政策の不在でも明らかだ。こうした対応に変化をもたらすためには、そう、政策立案者側の交代、つまり政権交代がなんたって必要。やれ児童手当をちょっと増やしましょうかというような小手先のパッチをあててどうなるという問題ではないのだから。子どもの貧困の放置は、大人の貧困とその大人の子どもの貧困へと、拡大し連鎖する。 国連・子どもの権利委員会は、子ども政策を国が総合的に行いうるように、たとえば子ども省のようなものに政策を集約すべし、という提案をずっと行ってきているが、日本政府はおおよそ聞く耳を持たないようだ。私たち自身が地域社会の意識ある主体として、地元自治体の施策が子どもの幸せ(ウェル・ビーイング)の立場に立っているか、よく見ていくことも大事なはず。 そして、子どものありようはその家庭の経済的ありようと切り離せないことをよくよく忘れないようにしたい。「何があの子をそうさせたのか」、と問う視線が欠ければ、道徳的に子どもを断罪してみたり、親や保護者の個人的側面にばかり目が行ってしまうということもありうるだろう。まっとうな労働を軒並み駆逐するような小泉政権以来の労働政策や産業界のありようが、いかに若者を疲弊させ、貧困に引きずりこんできたのかを指摘する声は各界からほうはいと起きている。それは、そのことを気づいた人々が増えたこととかかわりがないとはいえない。「子どもの貧困」についても、私たちはしっかりと見つめていくなかで、子どもたちとかかわりあいたい。「何があの子をそうさせたのか」と問いながら。 |
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