ゆみさんのメンタル・スケッチ

第15回 黄色い絨毯

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2014年12月01日
第15回 黄色い絨毯

疲れに任せてどっと眠り込んだ夜、森の夢を見ました。

それは、まだ娘も幼かったあの時のフランスの森でした。誰でも不思議に特別な懐かしさがわいて温かい気持ちが戻ってくるような風景があるかと思います。人生で何度か繰り返した「心の離陸」の場所であればなおさらです。

私は、20代で兄を突然亡くし、心の気圧がどうしようもなく低下した時(当時は心療内科へ行くというような考えは浮かぶ時代ではなく)、強引な自己療法で(自己療法は危険もありますが)、アメリカの大学院で心理学を学びに行きました。奨学金の保証も1年しかありませんでしたが、なんとか1年で修士号に受かり帰国しました。

理論で人の心理を体系づけて語ることは、自分自身が癒されることと実感しましたが、それでも、この程度の勉強がその後どう生かされるのかは、全くわかりませんでした。医学部を受ける気力につながるほどのものではまだありませんでした。

ただ、ひょんな事情で私はこのあと足かけ2年を幼い娘を連れてフランスのパリ郊外で過ごすことになったのです。この時期は、その後「心がしっかりと離陸」できるのを支えてくれた出来事に娘と沢山出会いました。明確な人生計画やキャリアを考えた結果ではありませんし、まだまだふとすると心の低気圧が吹いてきそうな時期でしたが、逆にこのフワーっとした私が、まわりの方々に自然に溶け込めることにつながったのかもしれません。何が身を助けるかわかりません。

私は翻訳のバイト、娘は幼稚園。ドイツ系フランス人の老夫婦が住む家の屋根裏部屋におりましたが、ある夜、階下のムッシュが息を切らせて部屋の呼び鈴を鳴らしました。「森で散歩中に飼い犬のダックスフント君が行方不明になった。暗くなるまで探したが見つからず、自分たちは車の運転ができないので、どうかこれから車で森へ行って一緒に探してほしい。」とのことでした。確かに広く深く電燈ひとつない森です。私のぼろぼろの車は、運転するとハンドルのわきから白い煙が出る状態で、明日修理に出すところでした。けれど、こんな非常事態です。「爆発はしないから、すぐ行きましょう!」と老夫婦と娘、私の4人で森へ入って行きました。小一時間探したところで、ちょろちょろと走り回る娘が「ここにいるよ!」と、切り株の穴に顔を突っ込んで動けなくなり吠えることも出来なかった犬を見つけました。犬も車も全く無事とは言えないけれど何とか助かりました。

帰り道、涙も枯れたムッシュに「お礼の気持ちは伝えきれないから、明日、僕の宝物の場所をお二人に教えます。」と言われました。次の日に案内されたのが深い森の池の端でした。そこは、光に浮き上がって「空飛ぶ絨毯」のように黄色い水仙で埋め尽くされていました。「人に話すと、すぐに都会から花を摘みに人が入ってしまうので、このあたりの人は、それぞれに人には言えない秘密の花園を大切にしているの。私もムッシュがこの場所を教えてくれた数少ない人間なのよ。」と白髪のマダムが誇らしげに微笑みました。

不思議なことに、これが私の「心の離陸」の乗り物になりました。帰国したのは間もなくです


精神神経科医 労働衛生コンサルタント  牧由美子

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