ゆみさんのメンタル・スケッチ

第18回 動物だもの

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2015年03月01日
第18回 動物だもの

ある詩人の言葉で、『人間だもの』というのがあります。不安で苦しい時に、心の中でいくつもの言い訳が、ぐるぐると糸をひきながらこんがらがり、にっちもさっちもいかない時は、この言葉一つだけ思い出しても、それが希望や支えの風を吹かせてくれることがあるのは、本当にすごいと思います。

もちろん、言い訳の代用にするというのではなく、吹いてきた風でもって、こんがらがった心の糸をほぐしていく力のある言葉と思います。

私は、精神神経科の医師、労働衛生コンサルタントという仕事柄、相談の場面でしばしば「○○が不安なのです。」という言葉をお聞きします。

我々が日常でよく経験する小さな不安や、期待と入り混じった不安は、医療や専門家に相談に行こうと決意する程度のものではありません。

医療や専門相談の場面に来られていて語られた不安は、持続的に過度であったり、特定の場面で不安の為に行動できない、等の場合は病気として薬も含めた対応が効果的でしょう。

問題はその中間どころです。

その“中間どころ”、というのもざっくりとした言い方ですが、具体的には、うつ病が治って復職を目の前にした方の不安であるとか、新任の教職員の方が経験の少ない中がんばってきたがベテランの力量が必要な場面に遭遇し反射的に不安で逃げてしまった、などです。

なかでも、うつ病などで休職されていた方が、主治医から、復職可能である、という診断書を得て、場合によってはリハビリを終了され復職前の面談に来られた時です。「抑うつ的気分は改善、食欲、体力なども(段階的に仕事を戻すのは当然だが)、通常勤務に復帰可能」と主治医からは言われた状態でも、多くの方が「実際、勤務に戻ってやっていけるのか不安がある。」とおっしゃいます。

仕事に強い責任感をお持ちの方の病後の身であれば、「人間だもの、不安はあっていい。」というレベルで感じられないのはもっともです。

かといって、病気回復の前のように、この不安を病気の延長線に扱っては「病気が改善した」ということと矛盾が生じてしまい、悩みどころです。こんな時に最近、ある言葉をおかけすると多くの方が「腑に落ちた」とうなずいてくださる言葉を見つけました。それは「動物だもの」です。

「私たちは群れを作って、助け合って生活してきた長い歴史がある動物の一種。けれど怪我をしたり、何かの事情で群れから一時的に離れまた戻ることになった一匹の動物は、その群れの状況が以前とどう変わっているか、自分が以前と同じに行動できて適応できるのか。考えなしにふわーっと群れへ戻っては危険であったと考えられます。そういう時はきちんと不安を感じられるように遺伝子に書かれています。だから、その不安は自然でむしろ健康で…」。あとは、人によってお話しする長さは変わりますが、こんがらがった“中間どころの不安”の塊に風を吹かせることが不思議とできるように感じています。


精神神経科医 労働衛生コンサルタント  牧由美子

pagetop