ゆみさんのメンタル・スケッチ

第20回 心の補聴器

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2015年05月01日
第20回 心の補聴器

私はこの数年、ほとんど毎日起きる頭痛を持っていました。脳神経の検査も考えられる限りしてきましたが、画像に表れるものはなく、「あなたの仕事柄、緊張は仕方ないかもしれませんが、極力ストレスをためないように」等と専門医に言われてきました。

仕事の上では、原因が特定できない頭痛を訴える方は多く、外からはわからないその辛さに、実感を持って接することができるようになったのは良いことなのだ、と考えることが唯一の救いでした。

父がホスピスで亡くなる少し前でしたが、ぼーっとして歩いていた私は、駅の階段で転び、頭を打ったことがあります。そのころから今のようなひどい頭痛が始まったので、いわゆる“むち打ちの後遺症”であって、誰が悪いわけでもなく、受け入れて、付き合っていくしかないものと割り切ろうとしてきました。診療の場でも「受け入れて付き合っていく」とは、原因がどうしても確定できない身体症状に使わざるを得ない言葉です。

ところが、そんな頑固な私の頭痛が最近あることを境に、嘘のように減ってきたのです。

それは、母がある日、補聴器を買い替えてきたところから始まりました。数年前から良いと聞けば、遠くても、母を連れてその補聴器を探しては求め、調整を繰り返してきました。それでも母は「雑音が辛い」と嫌がり外してしまい、いつしか山の向こうにこだまするような大声を出して話すようになっていきました。

最近は習いたての手話を使ったり、百円ショップで買ったメガホンに母の好きな花の絵とリボンを全面に貼り、抵抗を少なくして、と試みましたが、そのどれにも母は少しずつ悲しい表情を募らせているのがわかりました。

加齢に伴う難聴は致し方ありませんし、年と共に誰にも起きていくこの程度の体の不具合をまわりが受け入れていくのは当たり前。そして、「補聴器、大声、手話、筆談、とできる限りのことをしているのだから」と納得していました。ストレスと感じたことはなかったのです。

けれど、頭痛がひどかったある日、嬉しそうに世間話をしてくる母に「お母さん、私の頭痛はいくらお母さんでも、その痛みがどんなに辛いかわからないでしょう?頭痛がひどい時には頷くのも辛いの、これからは頭痛の時は話さないと思って」と冷たくジェスチャーをしました。母は面食らったように黙ってしまいました。

それから数日、母は一人でひそかに何軒かの町のメガネ屋さんを訪ね歩いていたようです。新しい補聴器をつけて「由美子、そんなに大きな声で話さなくても聞こえるわよ」とすまし顔で言われた当日は、嬉しいよりも半信半疑でした。

しかし大声を出さなくなったこの日から頭痛は嘘のように激減していきました。自分でストレスとは意識せずにいたものが、実は頑固な頭痛の要因だったとは。

私の心の補聴器は、こんなことで本当にたまたま降ってきましたが、意識できないストレスとは、「受け入れよう」とする努力のわき腹からじわじわとにじんでいることがある代物。「受け入れる」とは心して使う言葉であることを思いだしました。そして、心の補聴器は、雑音が伴い早晩またあらたなストレスを生むかもしれないことも心していこうと思っています。


精神神経科医 労働衛生コンサルタント  牧由美子

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