ゆみさんのメンタル・スケッチ

第19回 体力測定

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2015年04月01日
第19回 体力測定

春の気配は、学校での過ぎた光景を思い出させる不思議な力があるようですが、私はある「体力測定」とその顛末が春一番にいつもよみがえります。

あれは、私が大学に入学した4月です。キャンパスは桜の花も終りどこもかしこも新しい緑に包まれていました。足元のクローバーやタンポポはみずみずしく光り、東京とは思えない静かで広いキャンパスは、新入生がその中を列をなして走るのを今か今かと待っているようでした。

期待に応えるその日はやってきました。ただし、一周すればそうとうあるそのコースを集団で走らせる前に、体育の先生は「体力測定」の結果で体力の少ない者が先頭で走り、体力のあるものが無い者をおいて行ったりしないようにする、とおっしゃいました。

さっそく体育館で二人ずつになり、反復横跳び、踏み台昇降などを互いに測定しました。体育館の壁に貼られた筋力、持久力などの判定基準値にてらして総合体力のグレードを各自先生に報告。その結果で私は最下位となり、先頭を走る名誉を手にしました。

「日常生活はできるが、極端に体力が低いので気を付けること」とあり、そういえば、確かに私は痩せていて、ひょろひょろ。遠いのを覚悟であったとは言え往復4?5時間という通学が大変なことを感じ始めていました。「弱い人」という扱いをされるのはある意味心地よいし、確かに自分の体力の無さを感じさせるエピソードが次々と頭の中のノートに太字で書き留められました。

その後ランニングは繰り返されましたが、私は「自分のペースで走ってくれればよい」と言われたとおりに走っていると、他の学生が追い付けず、ぺースダウンを頼まれました。ここに至って、先生から体力測定の結果をもう一度確認してくるように言われ、壁をもう一度見直すと、なんと私と友人は、男性の基準で評価を出していたのです。皆の大笑いに包まれた私は、その年齢の女性では結構体力のある群にいたのです。

そういえば、私は昨年夏まで水泳部、一日3食ではもたず早弁するなど「およそ体力がないとは言えないわー」とすぐに思い直し、「自己像」も「世界観」も「ランニングの順番」も一瞬にして軌道修正がなされたので、笑われる以上の禍もなく時は過ぎました。この単純さは若さなのか、何だったのかわかりません。

けれど、冷や汗だけではなく自己評価のテストや自己判定による「思い込み」の恐ろしさも身に染みました。

現代は、ストレスへの耐性や認知傾向など、人間存在全体に関わるものを数字で評価する「心の体力測定」が、ネットでも沢山ある時代です。時間をおいて再度評価するなり、なにより自己暗示にかかってしまわないように、と私が強く思うのは、あの「体力測定」の経験が原点です。「自分はこういうことなのか」と思い込むと、本当にそういう目で世界が映りだして頭の中にそれに沿ったリストが作られていくこともある。自己暗示のトラップは案外近くにあるのかもしれないと診療室でも時折思う今日この頃です


精神神経科医 労働衛生コンサルタント  牧由美子

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