ゆみさんのメンタル・スケッチ

第21回 「それは何よりですね」。

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2015年06月01日
第21回 「それは何よりですね」。

最近、「軽度認知症・若年性認知症」という言葉を目にしない日はないくらいです。教職員の方のみならず、「職域」の方が主に訪れる私のところでも、しばしば出会うようになってきました。

中でも多いのは、「最近、物忘れが多いのですが、普通の物忘れではないんですよ。ひどいんです。やっぱり認知症の始まりでしょうか?」という訴えの中高年の方です。

お話を伺うと、「探し物をすることが多すぎる。何をするのもおっくうになることが増えた。かたづけや身だしなみに気を付けるのが面倒になった」などなどです。さらに、伺っていくと、「職場での人間関係、仕事の変化、子どもの自立、親の介護にまつわる責任と罪悪感」などなどを、生真面目な性格から、一人で抱えてきた姿が垣間見られます。

むろん、認知症の初期に見られる「普通でないように感じる物忘れ」は、「うつ状態」にも共通するので、認知症が心配に上がることはあり得ます。「これしきのことで、誰にでもある苦労なのに、自分ひとりがうつなんかになるわけはない」と思っていればなおさらです。

少しでも、心の中にひそやかに雨が降っているのを感じてきた方であれば、「心の中にひそやかに降る雨には、いつも大きな傘はいらないのかもしれませんね」とお話することもできるのですが、そんなことは聞いても納得できない方もいらっしゃるわけで、認知症疑いに当面の決着をつけるほうが不安を低減して先へ進むのに必要、と考えれば、「除外診断」として、認知症外来をお勧めすることも増えてきました。

ただ、うつ的な傾向を考慮したムンテラ(患者さんへの結果説明)がなされているのか、いや、専門と割り切ってのあっさりした説明がむしろ良いのかもしれないし…と、「除外診断」の場へはせる思いは募っていました。

それでは、と、実は私自身が先日「認知症早期発見もできる脳ドック」へ受診者として行ってみたのです。

職業欄は、『事務・現役』に丸。症状欄には、(本当のことで自分でも情けなく思っている)物忘れのエピソードを思いつく限り書きました。その日は確かにきつい仕事が終わったところで、母の体調もやっと改善し、疲れていました。MRI、CTなどの画像では年齢相応のものでしたが、認知機能の質問には、自分で「なんでこんなこと思い出さないの!」と焦るほどに間違えてしまい、軽度認知症疑いの点数に近い点がでたのです。「心身ともに疲れているときに受けた質問検査では一過性に認知症疑い、の点数は出ることもある」のは、重々承知の私のはずですのに、この点数には心のざわつきを覚えました。

結果説明の日には、「そうだ、あれもこれも話さなければ」と院長室の扉をあけるなり、最近の面目ない物忘れの数々を息も切らさず披露しました。

先生は白髪の頭をそっとかき上げ静かに微笑みながらおっしゃいました。

「そうですか、それは何よりですね」。

「今まで十分沢山のことをがんばってこられたのですから、忘れてしまうことも増えるのですよね」。


精神神経科医 労働衛生コンサルタント  牧由美子

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