ゆみさんのメンタル・スケッチ

第22回 笑ってもいいの?

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2015年07月01日
第22回 笑ってもいいの?

「この人(仮にAさん)は、精神科の病気で治療したら治るものなんですか? それとも病気ではない本人の責任感や能力の問題なのですか?」

と切羽詰まった声で、Aさんの管理職や同僚達にたずねられることが、職域の精神科をしているとあります。

全くケースバイケースですが、相談者が切羽詰まっていることだけは事実です。

どの職場でも起きうることですが、人を援助することが職業内容の一行目に書かれているような教職員や、医師や、そういった人間にさえ、いえそういう方々では特に、余裕を失うまで自分で何とかしようと奮闘され、「Aさんへの余裕ある態度はもう無理」、というところで冒頭の言葉になってしまうことが多いように思います。

学校現場では、精神科医師の関わりは近年増えてきたとはいえ、児童生徒の精神問題や学習障害からいわゆる発達障害にいたるまでの健康課題が先頭で、まだ大人たちのメンタルヘルスの畑までは水が回ってきていない印象を持ちます。

児童生徒の健康課題の場合、家庭を含む環境改善が重要な例では、介入の糸口がこじれやすいです。早期ケア・治療のチャンスを逃すまいと大人たちが、燃え尽きるところまで頑張って来られ、そんな時、周囲の援助にあたっての方針の違いや援助者同士のストレスが行き場を失ってしまうのは現実でしょう。

生身の人間が医療をし、教育にたずさわっているという当たり前のことを、重くも軽くもなくありのままに受け入れていくことは大切ですが、しばしば自分自身でも忘れそうになります。

先日精神科の学会に参加した時のことです。それは、大人の発達障害の診立てや、パーソナリティー障害の実際的な診断、治療などというセクションでした。(盛況なセクションでしたが)、こういったことが疑われたご当人は困っていなくても、(周囲がよほど余裕のもてる現場でなければ)、周囲は強い無力感を感じ、巻き込まれて行き詰り、ついに本人に受診を促し、医療につながることがあります。

これは、医師自身やスタッフと受診者の関係にも言えて、「巻き込まれ・逆転移を意識する」、「代理受傷しては治療が進まない」、など専門用語を使って気取って話しても、とてもらちのあかない、医療者としての「疲弊」や行き詰まりを認めざるを得ないことが時としてあります。実際、そこで、発表者が、「行き詰ってしまい、他の医者にします、と転医を言い出してくれないかと望みました」というと、会場が共感の笑いに包まれ皆の表情がやわらぎました。私も笑ってしまいました。

けれど、次にフロアからの質問で、あるドクターが「一番辛いのは患者さん本人です! われわれ医者が、皆苦労しているんだねと安心しあう場ではないでしょう!」と叫ぶようにおっしゃいました。

会場はシーンとしました。精神科領域では、脳の病理・機能レベルでかなりわかってきた病気がありますが、多くは患者さんの訴える症状が(周囲からの聞き取りもありますが)診断基準の中核となっている病気が多いのですから、このことに関し、「立場」はあっても「答え」はありません。常に異論や困惑の畑に種をまいているような分野でもあります。

この後、別のセッションで死に直面するある患者さんの症例報告に思わず涙してしまい、あ、ちと生身に偏りすぎてるな今日の私、と、夕闇の迫る会場を足早に後にしました。


精神神経科医 労働衛生コンサルタント  牧由美子

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