ゆみさんのメンタル・スケッチ

第24回 半分は

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2015年09月01日
第24回 半分は

最近大人になりすぎたせいか、夏休みは本当に〝休む〟ためになりました。今日も日頃たまった買い物を済ませた帰り、買い物袋の重さに負けて、公園の木陰のベンチで休んでいると、蟻の行列を見つけた子どもたちの歓声が、ざーっと私の横を通り過ぎました。「この暑いのに虫や蛙やと、うらやましいな、子どもって」、そうつぶやいた時に、ボーっとした頭に不思議と、はっきりとおたまじゃくしでいっぱいのバケツが浮かんできました。

あれは、まだ犬が庭にいませんでしたから、小学校の1年生か2年生の初夏の頃だと思います。あの頃は新興住宅地のそこかしこに、今であれば危険個所と言われるに違いない、小さな沼や池が沢山ありました。私と一つ上の兄は、ある日、岸辺の水草の足元にきらきらと輝くゼリーのような卵と、踊る宝石のようなおたまじゃくしの群れを見つけました。次の日、庭にあった防火用のバケツや古くなった鍋を、2人で両手に2個ずつ下げ、それらを家の庭に持って帰りました。都合200匹以上いたはずです。私と兄ははじめてのペットをもった喜びに、バケツの中に手を入れて「おたまじゃくしさんを可愛がる」、などと言って世話をしていました。

母は、初めのうちは黙認していましたが、おたまじゃくしが太ってバケツが真っ黒になるにいたって、「なにかエサをやらなくて生きてけるの?でもお母さんは苦手だから、庭の洗濯干しの近くの、目に入る所には置かないで。崖下に持っていって」と顔をしかめました。バケツはすぐに移動しましたが、これが図らずも〝直射日光を避ける〟という、おたまじゃくしにとって良い生育条件になったのでしょう。鰹節の滋養も手伝ってか、かわいい足がはえ、すぐに手も生えて元気の良いものから、バケツをピョンピョン飛び出し、ある日洗濯干し周辺に数十匹の蛙が集まりました。

その朝、洗濯物を干そうと庭へ出た母の、キャーという悲鳴が聞こえました。私たちはすぐに呼び出され、庭のバケツや鍋を震える手で指さす母に、雷のような声で叫ばれました。

「もうだめ!戻してきなさい!捨ててきなさい!」

私たちはそのけんまくに動けなくなりました。沈黙の何秒かがあり、やっと次の呼吸ができたときです。まだ震えながらも母がもう一度、ダメ押しするように繰り返しました。

「す、捨ててきなさい!…半分は!」

勿論、即2つのバケツを持って沼に戻しに行きましたが、その後残ったおたまじゃくしと庭の蛙がどこでどのようになったのか、今となってははっきりしません。

両生類・爬虫類の苦手な母にしてみれば、全部どこかへ捨ててきて!と思ったでしょうが、「半分は!」と言った精いっぱいの若い母親の何かが、私には残ったのだと思います。

私自身が母となり、子どもに腹を立てて何かを言うときにも、「〓×▲!半分は!」と言うと不思議と後にうまくいく「魔法の言葉」になりました。

辛かったことや捨ててしまいたい思いが湧いてくる時も、自分につぶやくと優しくなれるような気がします。「捨ててしまいなさい!半分は!」と。


精神神経科医 労働衛生コンサルタント  牧由美子

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