ゆみさんのメンタル・スケッチ

第27回 何を隠そう私は、

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2015年12月01日
第27回 何を隠そう私は、

ちょっともったいぶった感じで、白衣の私は目の前の青年に言いました。「こう見えて私は『全国温泉および銭湯協議会』の副会長なのです」。

その青年は一瞬にして、“礼儀正しさ”を絵にかいたような姿勢から顔をあげ、目を輝かせました。

その方は、「仕事のストレスが以前の様にとれなくなってきたこと」で、産業医の私に相談にみえた入社3年目の社員さんでした。職場の人間関係や働きぶりに問題ない方でした。

うつ病と言えるような症状はありませんでしたが、就職前後のことをさりげなく聞いてみました。「大学時代は小学校の教員になりたかったが、面白い事や冗談の一つも言えない自分には今の会社の仕事のほうが向いていると、教員免許はとらずに働き始めた。どんな仕事にもストレスがあるのは分かっている。けれど最近気分転換をしようとしても疲れが取れず、テニスの約束をキャンセルすれば相手に迷惑をかけると思うと、それがストレスで予定も入れられない」という話でした。

「ええ、相手のある気分転換が負担なときの、気分転換法のバリエーションを増やすいい機会ですかしら。例えば私はそんな時は一人でふらっと温泉や銭湯へ行くのです。まとまった時間が取れなくても、ちょっとした気分なら変わり、癒される方法の一つですよ。なにしろ私は?」と、冒頭の『全国温泉および銭湯協議会』副会長であることを話したのです。

目を輝かせ、「すごいですね、全国?精神医学的効用など研究されているのですか?」と聞き返す青年に、再び間を置いて、「ええ、私と、長野にいる友人の○子さん、東京支部長は△君。会長は不明、と会員は3人だけですが、どこの番台の人は優しいとか、湯が一番黒いところ、とか気が向くとちゃんと情報交換してますし」。

そこで、息をのんだ一瞬の後に、笑顔になった青年は堰を切ったように語り始めました。

会社には知られたくないが、今でも教員になりたいと思っている。叔母が教員で現場の話も聞いたうえでの考えである。仕事をおろそかにせず働きながらでも、2年くらいかけ通信教育で教員免許の必要単位が取れるが、教育実習まで行ったならどうするべきなのか。など心の内を語られました。

「○○さん。冗談も言えない自分、とおっしゃったけれど、私の嘘なのか冗談なのか、お茶目なからかいなのかもしれない話に乗ってくださいましたね。教職員や医者の職業は、固いイメージから、どうしても緊張して話されることがあります。(失礼にあたる相手には使えない技だけど)私もリラックスしてますし本音ベースで話しましょうよ、と言いたい場面に、この手は使えますよ」。

『ところで、私は全日本○○協会の会長を務めているのをご存知でした?』等と言った後ではもちろん、ネタばらしをすること、当たらずとも遠からずのありそうな協会名にすること、相手が笑って緊張をとってくれそうなときのみに使うこと。私は、結構この手で、親しい話のきっかけつくりができた話をしました。

「実は銭湯は苦手なのでさておきまして、その技は僕でも使えそうです。ありがとうございました!」と若者らしい茶目っ気ある表情をされました。幸あれとつぶやいて後姿を見送りました


精神神経科医 労働衛生コンサルタント  牧由美子

pagetop