ゆみさんのメンタル・スケッチ

第31回 Vague(ぼんやりとゆるく)

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2016年04月01日
第31回 Vague(ぼんやりとゆるく)

母「あの病院に入ったら、生きて出られない人が多いらしいのよ。怖いわねえ」

私〔そうなの? でも、もしかしたら、他の病院が“救うのは難しいと思われる患者さん”を、断らずに受け入れているから結果、そうなってることもあるんじゃないかしら〕

母「ご近所のAさんは、あの高齢者ホームに入ったら、認知症が急に進んでしまったんですって。怖いわねー」

私〔それは、認知症が進んできた兆候があったからホームに入られたのでは?入所したから認知症が進んだとは言えないよ〕

母「ところで、Bさんが亡くなったのは、○○病でいらしたからですって。だとすると、あの日のあれも、○○病の症状だったの?」

私〔○○病と言っても、急性型なら、ありうるし、慢性型であったのなら、別の原因と思うよ。それよりね、お母さん、肉親の死因とか病名とかはね、普通本当のことをおっしゃってるとは限らないよ。個人情報とは意識しなくても、亡くなった人の秘密を大事にしたいような気持ちもあるものね。だから、その辺は『ぼんやり』とゆるく受け取って返したほうが良いよ〕

人間誰しも、歳をとって病気の話題が増えない人はいません。母とて例外ではなく、私は『話し相手になるのが今の段階では私の仕事』と割り切っているつもりでした。が、最近こんな母との話のまっ最中に、ちょうど訪ねてきた娘に「フー。私、話し相手は疲れたー」と、ため息をついたのを見られてしまいました。

「『ぼんやり』とゆるく受け取って返したほうがいいのは、お母さんのほうだと思うよ。お母さんは、ばあばの話にいちいち『まともにちゃんと答えよう』とし続けるから、疲れちゃうのよ」

「う……」

その後、私は母の話に相槌を打つときに、基本3つくらいの言葉のみでゆるく対応をしてみたところ、母は以前にも増して、嬉しそうに話すようになり、茶の間にも春が一歩来たようでした。

「それは大変」と、「それは良かった」、「へえ。そうなのねー」の3つくらいの言葉です。

特に病気の話は、自分の職業に多少関係があるだけに、家での会話にもつい、できるだけちゃんと聴いて答えようとしていました。でも私と母の茶飲み話では、『ちゃんと』、とは言葉の内容ではなく、話し方だったと気づきました。正確さが重要なのではない茶飲み話では、『ぼんやり』としているかもしれないけれど簡単な相槌にしたことで、生まれたこちらの心の余裕、声の余裕。そこから来るこちらの表情の柔らかさなどがあったのだ、と、またしても娘に一本取られた形でした。

ですが、これはどこかで出会っている。そうでした。(はるか昔に)アメリカの大学の大学院、コミュニケーション学科の教授の壁に貼ってあった張り紙でした。

To speak clear things clearly. To speak vague things vaguely.(正確な話は、正確な言葉で。曖昧なことは、曖昧な言葉で語る)

精神神経科医 労働衛生コンサルタント  牧由美子

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