ゆみさんのメンタル・スケッチ

第37回 二人のエリザベス

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2016年10月01日
第37回 二人のエリザベス

先日、知人の娘さんの紹介で、若いママさんから電話がありました。

理科系の大学卒業後、会社を産休しているうちに、もともと進みたかった海外の研究所への思いが強くなったとのこと。

「準備をしっかり積み上げるか、勢いでなさるかのご質問ですよね。どの道自分が歩けば道はできるわけですが。」等という話の最中に、向こうで赤ちゃんが泣き出し大慌ての様子が伝わってきました。

「元気そうないい泣き声。気にしないで、今度はメールでゆっくりとね。」とアドレスを伝え電話を切った後、私の中に長いこと連絡も取らずにきた“二人のエリザベス”のことが浮かんできました。

一人目はドイツ人留学生のエリザベス(エリザベート)。保育所も奨学金も日本ではいくら探しても見つからなかった私でしたが、視点を変え海外の大学院に応募すると、複数から合格通知が来ました。大学構内に保育所もあるところを選びましたが、とりあえず単身寮に入った当日から親しくなりました。

彼女は長い間この大学で心理学の勉強をしたかったそうですが、息子さん二人が大学に入るまで待って、やっと来られたとのこと。私が何故ここへ?と聞かれたとき「兄が突然亡くなり、子どもを抱えている身であってもなおさら、何かに没頭するしかない気持ちになったの。でも日本では奨学金も保育所も一つも受からなかった。」と答えると、彼女も「自分も子どもが小さい時は、それに近い経験があって、子どもが成長した今やっと始めるのよ。」と手を取り合いました。

親しくなって数週間がたったある朝、別の留学生から小さなメモ書きを渡されました。そこには、“昨晩、息子が事故で亡くなったという連絡を受け、朝一番の飛行機で帰国します。”とだけ書かれていました。夢だったと今でも信じたくない思いですが、その後大学へは戻られなかったとだけは聞いています。

二人目のエリザベスは、医学部の一年生でした。アメリカでは医学部は、社会人を経験されてから入学する人も珍しくありません。彼女は二十代前半の「若い新入生」でしたが、一児の母。日本の育児は?、などと聞かれ親しくなりましたが、努力家で前向きな彼女もさすがに二年生になって「もうだめ!ついていけない」と言って姿を見なくなりました。ところが次の学期には元気にキャンパスに戻られました。聞くと、夫が育児時間の取れる会社に転職したから、臨床研修の当直も大丈夫こなせる!とのことでした。そういう手もあったのね。二人目のエリザベスは消え去ることがなかったのですが、帰国時に交換した住所ではすでに互いに連絡もつかずになりました。

当時『アドレス』とは文字通り、住所のことで、何かのことで失ってしまうと、まして留学先のことであれば、もう思い出の中でしか会えなくなる、お二人ともそういう時代の知り合いです。だからこそ、思いの残る存在になったのかもしれませんが。せっかく思い出すきっかけを下さったのだから、先日の若いママさんにこの思い出話をメールに書こうかしら。

精神神経科医 労働衛生コンサルタント  牧由美子

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