ゆみさんのメンタル・スケッチ

第38回 黄色いリボン

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2016年11月01日
第38回 黄色いリボン

夏休みに娘夫婦が、私の家の片づけを手伝いにきてくれた時のことです。

「あっ、そこの部屋とこの押し入れは、私の聖域なの。だから、いじらないで、片づけはしないでいいからね!」と、何かの箱を手に廊下に立っている娘に叫びました。

人並みの反抗期には「仕事優先で、家の片づけも家事も後回しのお母さんの様には私なりたくないもん!」と言っていた娘も、すっかり大人になって、就職・結婚と家を離れてからもう十年以上経ちました。

娘が家を離れてから、年齢に逆らって、私は仕事にさらに体力・気力を使い、いっぱい・いっぱいになってきたのだと思います。いきおい、本、書類、ビデオ等々、増え続けてきました。

それだけではありません。それまではベランダで真夜中になっても手入れを怠らず、かつて溢れるように咲かせたチューリップや薔薇の大きなプランターは、主もなくここ数年寂しげに積み上げられてきました。(どこかの文豪が座っている写真を見て、気取って買った)藤の椅子も風雨にさらされ、先日座ると破れて腰をはさみました。

友人が訪ねてきて目にするところだけは断捨離とまではいかずとも片づけていましたので、ますます振り返られることのなく溜まってきたレガシーの、どうしようもなさが発覚されるのが遅れたのでしょう。

娘は何度も片づけを手伝いに行く、と言ってくれていましたが、「もう少し、自分で整理してから来てもらうわ。何しろ聖域だからね。」とかわしてきました。

ところが、私も母の家では、嬉々として押入れの除湿をし、「これじゃあ、取りにくい」と棚を作ったり、(ヘルパーさんに褒めていただくレベルまで)できるのに、自分の仕事部屋やベランダはどうしようもない。やはり、これは、“聖域感情を捨て、素直に他人(娘夫婦)に入ってもらう”と人生初に素直になって決めたのです。

ところで先ほど、娘が手に持って佇んでいた箱は、娘が3歳くらいの時に、私が編みかけた中途半端なセーターでした。黄色い毛糸玉と、胸につけようと思っていたに違いないリボンも、押入れの深い闇の中で色あせることなく編み棒と一緒に眠っていました。

「私、続きを編む!だから、捨てないで。」と言うと、「そういうこと言ってるから片づかないのよ。これは私が続きを編ませてもらうので、持って帰るからね!お母さんは、バアバの家と両方行ったり来たりでかつ仕事してきたんだから、一人で片づくわけがないの。」

こんなやり取りの間も、義理の息子は黙々とベランダの粗大ごみをまとめていました。私の本や書類は「捨てませんよ。ただいろいろなもの、まっすぐに棚に入れ直しておくとお母さんが整理しやすいですから。」と言いながらまっすぐに入れるだけで、みるみる一つのパイプ棚が空き、それを手際よく分解し始めました。

「あー、すごい。あとは、私がコンビニで粗大ごみシール買って粗大ごみの日に出せばいいだけね。本当にありがとう!」

「いえ、ベランダのものも自分たちが粗大ごみに出しますから、車に積んで持ち帰りますよ。いっぱいになるのでお義母さんは車に乗れなくなりますけど。」

小さな車は程なくパンパンになりました。娘が編みかけのセーターの箱を膝に、大きく手を振って帰って行きました

精神神経科医 労働衛生コンサルタント  牧由美子

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