ゆみさんのメンタル・スケッチ

第41回 熱の国から

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2017年03月01日

先日、夕方になって急に寒気がしました。「風邪をひいたといって休むわけにはいかない仕事があるし、熱を測って高かったら気力が失せて、免疫が落ちるのか、ひどくなることが多かったから、体温計は見ないで、とにかく早く寝よう。」といつもより電気毛布を高めにセットして布団に入りました。ところが寝入ってすぐに、熱帯のジャングルで寝ている様な暑苦しさを感じて起きてしまいました。「あれ、あれ。もしかして、インフルエンザだったら、明日、出勤は出来ない。」という思いにいたり、娘に相談の電話をしました。「お母さんの近所の夜間救急を私が調べて、タクシー呼ぶから、すぐ行ってね!」と言われました。

後から40度だったと知りましたが、急に高熱が来たので、自分を振り返る余裕は無く、急性の「熱性せん妄」というものは百も承知なはずなのですが、自分がそれだとは思いもよりませんでした。

「ああ、病院へ行くならきちんとしたかっこうに着替えなくては」となぜか一張羅のスーツとスカートを出し、ストッキングをはき、よそ行きのパンプスを下駄箱の奥からひっぱり出しました。

夜間救急でインフルエンザと診断され、抗ウイルス剤を点滴してもらいました。日ごろ病院では逆の立場なので、より一層、夜の診療所の事務の方、看護師、医師の方々の優しい笑顔・気使い・お言葉使いが、ふわふわとベッドのまわりを舞っていました。天使に囲まれた気分で、天井の明かりまでこの世のものではない光り具合で見送ってくれる中、くらくらとタクシーへ乗り込みました。ところが今度はそんな気分が車内でいっきに地上に舞い戻りました。

「お客さんインフルエンザ?大変だね」と言われ、(高熱からくる軽い躁のような状態で)私は運転手さんに向かって、かつてない勢いでしゃべりはじめていました。

「運転手さん!私、あの人この人に迷惑かけるの。母、娘、○○さんにはうつしてないはず、けれど仕事で昨日ご一緒したあの人は? 今日ご一緒したあの人はうつしていても発症は明日かもしれないから、知らせれば薬の予防投与を受けるというのもあるし、夜分だけれど早く知らせるべきか」などなど。途切れることなく話していると、白髪の運転手さんがいきなり、怒ったように言いました。「お客さん、さっきから黙って聞いていると、お客さんはあの人がこの人がどうの、と人のことばかり言ってますよ。自分の体のこと、まず考えてますか? 人のことばかりで『自分の健康を大事にする!!』という気構えがないから、いつも人のペースしか考えずに動いてばかりだったんじゃあないんですか?それだって、『良い人』ってことになっても、結局力尽きて寝込めば人に迷惑をかけるんですよ。いえね、余計なお世話ですがね、自分はそうやって前の勤めを燃え尽きたもんでね。あ、そうそう、足元、ズボンをはいた方がいいですよ!」

「も、燃え尽きって?」痛い言葉で突かれたものです。

けれど、この言葉のおかげで地上に舞い戻りました。急な高熱に襲われ、意識さえ怪しくなる危険は、特に一人の時は軽く見ずに備えなければと思い知りました。

「急病でも慌てずに仕事の手配をし、休養する為の、“自分のため”の危機管理シミュレーション」の大切さを熱の国からお土産にもらいました。

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