ゆみさんのメンタル・スケッチ

第42回 ウイーン少年合唱団

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2017年04月01日

まだ若く体力もあったのですが、その年は休みも取らずにせっせと働いていたのは、年末にまとまった休みを取ってウイーンで交響楽団を、一生に一度でいいから聞きに行きたかったからです。果たして、母も娘も職場も、一週間別世界に行ってきなさい、と送り出してくれました。

日本で予約できた楽友協会のコンサートチケットを胸にウイーンへ。次の日は、「古き街並みをめぐる半日バスツアー」に参加し、宿へ戻るともうコンサートの時間が迫っていました。パールのネックレスをさっとつけて宿からほど近い楽友協会へ小走りに向かいました。

幸い石造りの建物の側面に
“充分立派な玄関”をすぐに見つけることができました。ここかあ。でも古い建物だから階段が狭いのかなどと思いながら、階段を登り切ったところは、なんとウイーン少年合唱団の楽屋だったのです。10代前後の男の子たちが、ある者は着替えをすませ、ある者はまだ制服の前の下着を着ているところでした。

なんて恥ずかしい、というより逮捕されちゃうぞこれは。踵を返そうとしたときに、衣装を着終わった小学校の高学年くらいの男の子が私をひきとめました。
「あの、何か御用でしょうか?」
「いえ。用があるのは、この席なので、ここに御用はありません。ごめんなさい。」と冷や汗で言うと、彼は私の手元のチケットを見て言いました。
「ああ、マダム。少し遠回りされたのですね。でも、外は寒いので出ないでも、あの階段を降りて、右に角をまわれば近くへ行かれます。」と静かに言いました。

確かにプログラムには、交響楽の終わりにウイーン少年合唱団の歌があったのです。交響楽団は音響も素晴らしく豊かな音色が末席にも届きました。が、あの礼儀正しい少年はどこかと探そうとしましたが合唱団の顔は全く分かりませんでした。

コンサートが終わり、余韻を楽しむ美しい表情の人々とともに、帰りは正式の玄関から外へ出ました。言うまでもなく正式の玄関は、これぞ石造り文化の芸術、と言える立派なものでした。

先程の冷や汗も、芸術の力の前にすっかり退いていましたので(というか、なんとおめでたいんだか私は)お腹がすいてきたので会館から数分のところにあるハンバーガー屋さんへ入りました。

トレーを持ち空席を見つけ腰を掛けたとたん、ひとつ向こうの奥に、なんと先ほどの少年が母親と座って、マックを食べていたのです。お母様はコーヒーだけです。どうしたらいいの、ここで話しかけて先ほどのお礼を言うなどかえって失礼かしら、けれどけれど。するとすぐに私に気づいた少年がお母様に何かを話しかけた様子がわかったので、そこでお二人に会釈をしました。

お二人も微笑みながら会釈を返してくださいました。

家へ帰ればディナーが待っているのでしょうが、舞台を終えた育ち盛りの子の小腹をここで満たしてやりたいと思われたにちがいないなどと思っていました。ほどなくしてお二人は席を立たれ、帰り際に私のテーブルの横に来られて「ダンケシェン」とはっきりおっしゃいました。私は、降り出した雪の街へ消えていかれる後姿を見送りました。

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