ゆみさんのメンタル・スケッチ

第8回 まあ、そうですか?

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2014年05月01日
第8回 まあ、そうですか?

私は小学校から高校まで、学校の先生に恵まれました。ほとんどすべての先生方が、今でも温かいものと一緒に思い出に出てきてくださるのは、本当にありがたい時間を生きてこられたのだと感謝しています。

時代が違うというのはあると思いますが、(『時代が違う』というのは、何かの説明にはあまりに抽象的で、話を終わらせてしまう力が大きいので、日頃使う場所を選んでしか使いません。)それでもあの時代でも私は幸運だったのかと思います。

けれど、困ったなーという先生がいなかった訳ではありません。今でも、あの時は困ったなーと思い返されることがあります。その先生は担任ではありませんでしたが、私が好きで力を入れていた教科の先生でした。普段の授業では、私には全く気付くことができませんでしたが、あるとき、試験が惨憺たる点数で返ってきました。記述問題であればあきらめてしまったと思いますが、番号で答えるところも明らかに正解であるので、採点が違っているとしか思えませんでした。隣の友人に話したところ、彼女たちも同じように採点に疑問、とのことでした。そこで、友人たちと、職員室へ答案を持って尋ねに行ったときです。私たちが職員室のドアを開ける前に、その先生がすごい勢いでドアを開けて「それで良いんです! すごいじゃあありませんか!」といったようなことを叫びながら、廊下の向こうに走って消えて行かれました。その後躁うつ病の躁であったのでは?と言うような噂が広まりましたが、卒業までお会いすることはありませんでした。

保護者たちがそれで抗議をする、ということもなく、その先生が病気を発症されてお休みされたことと、試験の採点はやり直してすぐ返すこと、というのを今では考えられないくらい、みなが淡々と受け入れてその件は終わったのです。

家に帰ると、母は「それはその先生がしたのではなくて、病気がしたことだね。」と言いました。けれど数日はドキドキと学校へ行くと動悸がし落ち着きませんでした。

このことで心に軽い傷を負ったのだと思いますが、立ち直りが早かったのは、わたしは覚えていないけれど、まわりの教職員の方、大人が今でいうポストベンション的な関わりをしてくださっていたのだと思います。今、産業医となって考えると、一番に思うのは、躁であったとしても、それ以外のメンタルな病気の急激な発症だったとしても、全く突然だったのでしょうか。そうまでなる前に、受診や休養のきっかけを職場で見つけ援助できなかったのかということです。

固い言葉でいうと、職場でのメンタルヘルスは、病気を知らなくても病理性をうんぬんできなくても、「事例性」を知ることがカギであると言われています。具体的には、それまでのその人と違った注意力の低下や、その人らしくない突発の休みが多発し原因がはっきりしない、等が明らかな「事例性」です。ただ、この事例性という言葉もどこまでが事例性なのかは明確な線引きができないことも多いです。

なにしろ、昔のことですが、私がこどもを育てながら医学部に通っている、と知ったある方から、「えー、そうなんですか?(躁なのではという意味)」と返されて、そういう受け取られ方があるとびっくりした経験があります。

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