ゆみさんのメンタル・スケッチ

第13回 思い出のルーキー

精神神経科医 労働衛生コンサルタント 牧由美子
2014年10月01日
第13回 思い出のルーキー

先日あるところで、公立学校の新任2年目に入った教員の方々の研修会でストレスについての話をする機会がありました。

若くても、経験が短くても、周囲の社会からは「先生」として期待される立場なのは、医者も同じです。そこで、私自身の医師ルーキー時代、「先生!」と初めて呼ばれるようになった頃の、喜びと希望とそして不安の研修医時代を思いました。

まあ、私の場合は医者としては30代オールドルーキーの出発で、どこまで「知りつくし」のふりをしていった方が、自分にも相手にも良いことなのだろう、などと若い新任の方とひとつ別な悩みもあったのは確かですが。

ただ先日の研修会は、ほとんどが若い就職2年目、という方々でした。「スキルを上げることで自信をつけストレスを減らす、若いことを活用していく」など一般論をまとめているうちに、私自身にとって初めて、新任の先生に担任をしていただいた時のことを思い出しました。

私は、当時急激に人口の増えた住宅地の公立小学校に入学しました。しばらくは、二部授業という形でした。兄が学校から帰ると入れ違いに私は午後に登校していたのだと思いますが、校庭のチューリップが朝でも昼でもきれいなのと同じくらい、それは当たり前のことで、そして、担任の先生が、学校を卒業なさって初任1年目の先生だったことも、新しいランドセルが光っていると同じくらい当たり前のことでした。今になると、初任1年目で1年生担任はかなり大変な心持になっておられたのでは、とわかりますが。

入学の春の5月ころ、子どもたちは元気いっぱいで、元気いっぱい過ぎたある日、その先生が泣いてご自宅へ帰られてしまいました。あまり詳しくは思い出せませんが、たしか教頭先生だったのか年配の先生が教室に来られて、「◯◯先生は体調が悪くなってお帰りになりましたが、明日は大丈夫と言ってましたので安心して下さい。今日は私とお勉強をしましょう。」と何事もなかったかのように話し、そして、時間になったら子どもたちは家へ帰りました。

先生は次の日は無事に教壇に立たれました。けれど、それからしばらくした秋の運動会の頃、今度は、「そんなに先生の言うことが聞けないなら、皆学校へ来なくてよいです。家へ帰りなさい!」とその先生が泣きながら言った時、誰も帰りませんでした。1人か2人、本当に帰りそうになった子どもを誰かが追いかけて、教室にもどりました。誰からともなく「先生、かわいそうだよ。」という声があがっていました。新任といえ引き受けた教育の仕事。子どもにそのように言わせる担任はいかがなものか、学級作りのスキルや情緒面に問題があるのでは、という側面でとらえることはできますが、私は今までも、今でもそうは思っていないのです。

帰宅事件後、数か月で今度は、子どもたちが先生の気持ちまで推し量るような成長をし、気持ちの上での関係性を作ったのだ、という側面からはすごい!と思えるのです。

学校も保護者も地域も皆が新任の先生を援助し温かく見守る余裕のある時代だった、今は違うのでは、とも残念ながら聞こえてくるのも確かです。ただ、その後1年生を終えるころには、子どもたちは、この年若い先生を自慢にしていたことと、私は人前で話すのが苦手な1年生でしたが、この先生のおかげで、人前でも話せるようになったことを感謝しており、今でも忘れられない先生の一人であることは確かです


精神神経科医 労働衛生コンサルタント  牧由美子

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