点鐘 [連載コラム]

写真
点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

分断や疎隔を軽々と突破してゆく

本田由紀(東京大学大学院教授)
2017年06月01日

昨年、「君の名は」というアニメ映画が劇場公開されて、とても評判になった。2016年の国内興行収入ランキングでは2位以下を大きく引き離してトップであり、海外でも公開されて好評を博しているという。インターネット上の評価を検索してみると、絶賛する声もむろん多いが、一部にはストーリーの矛盾などについての批判的な指摘もある。

私も、子どもに誘われて観に行った。観終わったときに自分が賛否両論のどちらにつくことになるのだろう、とわくわくする気持ちで映画館の椅子に座った。さて、観終わってどうだったか。確かに気になる点もないわけではなかったが、率直に言って私がこの映画に抱いた総合的な印象は、圧倒的に「賛」だったのである。どうしてそう感じたかを自己分析してみた結果、おそらく以下がその理由だと思われた(いわゆる「ネタバレ」を含みます)。

最大の要素は、この映画の主題が、男性と女性、大都市と地方という、現代日本において太い分断線で区切られた両側に位置する存在が、入れ替わって相手の生活を経験し、その相違に最初は戸惑いながらも徐々に互いに共感を覚えてゆくというところにある。境界を超えること、自分が属しているカテゴリーとは異なる位置にいる他者の生を共有すること。もちろん夢物語ではあるのだが、今の日本を含む各所で起きている分断や疎隔を軽々と突破してゆくこの設定に、まず私は魅入られた。

それだけではない。隕石の落下という巨大な災害から、できるだけ多くの人々の命を救うために、二人は入れ替わりながら奔走する。複数の大震災を経験してきたこの社会の私たちにとって、一瞬で街が消えるということ、人が死に生活が破壊されることの残酷さの実感は強い。それは絶望や諦念にも結び付きがちだが、この映画の主人公たちは懸命に立ち向かうのである。そこに胸を打たれた。

美しい絵柄や、印象的な挿入歌も忘れてはならない。RADWIMPSによる挿入歌の1つ、「スパークル」の中には、次のような歌詞がある。「ついに時は来た 昨日までは序章の序章で 飛ばし読みでいいから ここからが僕だよ」。この3月に某高校の卒業式で、卒業生退場の際のBGMにこの部分が大音量で流れたとき、私は鳥肌が立った。そうだね、君たち今までは序章の序章だったよね。これからが君らだ。君らの出番なんだ。そう思った。「ここでないどこかを 夢見たよ」。そうだね、どこにでも行けばいい。疲れれば帰ってくればいい。でも君らが主役だ。この壊れた社会を軽々と超えてゆくのは君らだ、そう思っていた。

pagetop