点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

教師的先人たれ

奥井禮喜(月刊ライフビジョン発行人)
2017年04月01日

地デジに替わったのを機会にテレビ視聴を止めた。巷間遅刻耳なんて言葉もあったから当初は不便になるのではないかと思ったが、これは大成功で、喧噪から解放されて精神的安定を得た。ちょくちょくDVDで昔の映画を観る。画面が小さいから映画館の気分にはならないけれど、気ままに、一時停めるとか戻して観たりできるから具合がよい。妙なもので気に入ると同じ映画を毎日続けて観る。英語のヒヤリングをしてやろうと心がけを立てたが、うまく聞き取れず学習効果が出ない。まあ、そのうち次第にわかるだろうという調子である。

『チップス先生、さようなら』(1939 イギリス)もその1本だ。原作はジェームズ・ヒルトンの同名小説。モノトーン。教師チップス(愛称)が、1870年普仏戦争開始の年に25歳で教師になり、1914年第一次世界大戦開始の年に69歳で退職する。戦争で教師陣手薄となり、代用校長として復帰、大戦終了の18年に完全引退、88歳で「さようなら」するまでを淡淡と描いた。教師生活48年に及び、引退後も生徒たちがしばしば訪れる。

張り切って教師になったものの、うだつの上がらない独身教師だ。45歳、オーストリア旅行で単独登山の際、深い霧中で遭遇した若いキャサリンに「チャーミング」といわれて、頭がくらくらする。さらに彼女の「教師はやりがいがある。生徒の成長を見守り彼らが社会に貢献する姿を見届ける」という言葉に、チップスは「目からうろこ」の思いに打たれる。ドラマチックというような展開はほとんどないが、わが人生をしみじみ考えさせられる。

顧みれば、筆者もすでに52年にわたって一本道を歩いてきた。悲憤慷慨、切歯扼腕の思いも少なからずある。なによりも昨今は反省しきりだ。もっとやるべきことがあったはずだ。あのころ、もっと気合を入れて勉強していれば、いまのような時代状況とは異なっていたであろう。仕事は教師ではないが、後世代にバトンタッチすることを思えば教師的先人たらねばならない。「昔はよくやった」などと口にする人があるけれど、筆者はとてもそんな大口は叩けない。原因を作ったのはわたしで、それが、いまという結果になったのだから。

さて、なにを伝えるべきか。人間力をつけさせよとか、学び方を教えよという。思えば、自分の舞台の幕がまだ開いていないみたいな気持ちでもある。舞台稽古を見てもらうのは未熟で恥ずかしいが、人生の大舞台に挑む心づもりを見て、せめて反面教師にしてもらえればいいのではないかと思うのである。

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