点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

クロノスとカイロス

2009年06月01日
クロノスとカイロス
 伊藤宏一(千葉商科大学大学院教授)  2009年6月1日

時間というとまず思い浮かぶのは、時計だろう。時計の時間は均質で過去から現在そして未来へと直線的に流れていく。授業も仕事も、この均質の時間を前提に計画され、実行されている。一体、時間はいつからこのように意識されるようになったのだろうか。

時間の土台は、太陽に対する地球の自転と公転に基づいて、日の出と日没、潮の干満、四季の変化、そして人間を含む生命体の24時間の概日リズムがあるという事実だ。これを生命の時間と呼ぼう。地球上の場所により、また四季によって日の出も日没も異なるので、日の出から日の入りの自然的時間を基準にすれば、場所と季節によって時間はずれる。江戸時代の夏(大暑)の明け六つは午前4時と早かった。「お江戸日本橋七つ発ち」は夏なら午前3時とかなりの夜あけ前だっだ。

1841年ロンドン ブリストル間に鉄道ができたが、ロンドンの時間は隣のレディングより約4分早く、サイレンセスターより7分30秒進んでいるというように、町ごとにローカルタイムがあった。そこで1880年グリニッジを軸にイギリス国内の時刻が統一された。鉄道ではグリニッジ天文台に合わせた時計を毎朝ロンドン駅に届け、汽車はそれを乗せて行き、先々の駅で、その駅の時計をロンドン時間にあわせていった。こうしてローカルタイムはなくなり、そこから世界中の時間の統一と均質の時間ができあがっていった。こうしてできた近代の時間は、ギリシア神話の神様で言えば、クロノスになる。クロノメーター、クロノロジーなどの語源だ。

時間の統一は世界の近代化の推進力となり、時間の効率化が進められ、私たちの生活はインターネットによって今やクロノスの神様がすっかり支配するようになった。その代わり、生命の時間が見えなくなってしまった。

ところでギリシアにはもう一人、時の神様がいる。カイロスだ。カイロスは好機を司る神で、好機は均質の時間とは異なる時間感覚だ。カイロスの時間は、繰り返したり止ったり速度が変わったりする。我が国の茶の湯の時間は「一期一会」のカイロス的時間であり、ゲーテも自由な土地に自由な民と住むようになったら「時よ止まれ」と呼びかける。感動的な映画を見れば、2時間の上映時間があっという間にすぎていく。子どもの誕生の瞬間は人生の感動の光り輝く一瞬だ。ゆったりとした時間の流れを感じながら山の景色を楽しむのもカイロス的時間だろう。

クロノス的時間を相対化し、生命の時間を感じ、カイロス的時間を自分の生活と人生に満たしていくこと、これが今日の時代の生活設計の本来的意義の一つではないかと思う。

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