点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

個人をエンパワーする専門性

2009年07月01日
個人をエンパワーする専門性
 本田由紀(東京大学大学院准教授)  2009年7月1日

昨年の秋から冬にかけて、私たちは専門高校生に対する調査を実施した。約2800名の専門高校2年生が調査票に回答してくれた。比較対象として入試難易度がほぼ同水準の普通科高校生にも調査を行い、約450人からデータが得られた。学生や院生とともにデータを様々な角度から分析してみると、専門高校の生徒には普通科の生徒と比べて様々に良好な点があることが見出された。望んでその高校に入学した者の多さ、高校での勉強への積極性、高校生活への満足度、学習内容の有用感、教員への信頼などである。彼らが中学生だった時の様々な状態もたずねているが、それには専門高校と普通科高校でほとんど差はない。だから、これらの良い面は、専門高校における教育の効果ではないかと推測される。実際、普通科と比べて専門学科では、作業を通じて何かを作り上げる授業やグループで協力する授業、継続的にじっくりと課題に取り組む授業などが総じて多く、かつこれらの授業を多く受けている専門高校生ほど、上記の良好な面がいっそう際立っている。また専門高校生の約八割までが「身につけた専門性が今後の人生で支えになる」ことを肯定している。

むろん、専門高校と普通科高校の間でほとんど差がない項目もある。特に目立ったのは、将来に対する不安に関する諸項目については学科による違いが見られないことである。社会経済状況の不安定さは、高校生の間に暗い影を落としている。

他方でもうひとつ目を引いたのは、専門高校生は普通科の生徒よりも政治への参加意欲や関心がおしなべて高いことであり、それは特に専門高校生の中でも学習内容が将来に有用であることを感じながら積極的に学習に取り組んでいる層において顕著であることである。私はこの結果を見て、教育の職業的意義を高めることは、政治意識を含む市民的意義の向上にもつながるのだ、と肯定的に解釈した。しかし、この分析を行った大学院生の堤君は、「先生、これは今の日本では市民性が労働者としての能力の多寡に束縛されていることを表してるのだから、問題ですよ」と言った。ふむ!

堤君の指摘は私の中に重い塊として残っている。しかし、私は抽象的な市民性というものを信じない。誰もが、特定の有償無償の活動を通じて社会と関わりつつ、その立場から発言してゆかざるをえないと考えている。そうした活動を支え個人をエンパワーするものが専門性である。だからこそ、総じて希薄な日本の教育の職業的意義を向上させることは必要だと私は考える。それによって市民性を高められればなおさらだ。

さて、みなさんはどうお考えになるだろうか。

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