点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

本来の民主政治とは

2009年08月03日
本来の民主政治とは
 奥井禮喜(月刊ライフビジョン発行人)  2009年8月1日

戦後64年保守政党が野に下らなかったのは、やはり不思議である。保守政党は、もっとも戦前的体質を引き継いでいる党であり、1980年代「戦後政治の総決算」論から最近では「戦後レジウムの転換」論まで、ずいぶん挑発的なメッセージを発する政治家が登場したが、泰然自若というのか馬の耳に念仏なのか、人々は動ずる風もなかった。政権交代がないのは、与党に代わる受け皿がないからだという。なるほど、与党政治に不満があっても、受け皿がない、つまり野党が頼りないのでは、まあ、とりあえず「こんなところで」という次第か。

しかし、「こんなところで」論では与党が反省いたさない。なにしろ受け皿がないのだから。事実、保守政党の形勢を概観すれば1970年代から明らかに退潮傾向を示していた。最近「改革ごっこ」で一時期形勢回復にみえたかも知れぬが、少し時間が経過すれば、てんやわんやの事情を天下にさらしている。

受け皿論は典型的な消去法である。本来民主政治は、国民大衆が期待する政治を求めて自主的・自発的に常に努力を重ねるものである。たかが一票、されど一票であって、「国家は無限の人民投票 (referendum)である」し「国家は民意の溶解炉」でなければならない。仮に野党が頼りない受け皿であっても、明確に意思表示しなければ、頼もしい与党とて堕落する。愛情がすっかり冷めた夫婦が継続しているのは、手続きやら、世間体やら、とにかく面倒が嫌なので、あえて結婚至上主義を気取り、「夫婦とは忍耐である」と後輩の結婚式でスピーチするのと似ている。忍耐するのだから、かくて所詮何も変わらない。

テレビでは、おちゃらけ政治番組が多く、お茶の間に政治が入ったのだからいいじゃないの、などとふわふわしている間に、ただ人気取り的政治(家)が全国津々浦々に浸透したみたい。今度の選挙は、ぜひとも苦虫噛み潰した思いで人民投票!したいものだ。どなたかにお任せすればすべて上々なんて思考は、民主主義以前の封建社会の残滓である。戦後生まれが圧倒しているけれど、わが民主主義は戦後が出発点、3000年の歴史とすればわずか2%の期間に過ぎない。苦虫噛み潰す気風を期待したくなるじゃありませんかねえ。

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