点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

経済的自由の行く末

2009年09月01日
経済的自由の行く末
 伊藤宏一(千葉商科大学大学院教授)  2009年9月1日

1989年11月、ベルリンの壁が崩壊し、東ヨーロッパを中心に政治的自由と精神的自由が獲得された。その年の12月、ベルリンで東西のオーケストラ団員が集まり、バーンスタインが指揮をしてベートーヴェンの第九が演奏され、第4楽章では歌詞の「喜び(Freude)」が「自由(Freiheit)」に変えられて歌われた。それから20年。振り返ってみると、世界を跋扈したのは、実は「経済的自由」であり、「精神的自由」は「経済的自由」のしもべになっていったのではないか。

ヨーロッパは「政治的自由」の意義をかみしめ、国家を超えた社会的自由を構想して、欧州連合が動き出し、ユーロという貨幣を作って10年経過した。しかし世界経済全体は米国一国中心主義を強め、市場はやがて金融資本主義化し、「経済的自由」は富裕層と貧困層の二極分解を進めていった。「強欲」なウォール街の金融関係者が私的利益のために大量の証券化金融商品を作り、リスクを消したとして世界中にばらまいた。

しかし現実は反撃する。サブプライムローン証券化のリスクが世界規模で顕在化し、世界金融経済危機となった。こうして横暴な「経済的自由」の規制が米国ですらも始まった。「経済的自由」がもたらす地球温暖化に対しても、持続可能性の観点から世界各国での対策が急速に進みはじめた。中国やインドなどの新興国の台頭もあり、米国1国中心主義は終わりをつげ、米国のたそがれが始まった。

ところで日本はどうだったか。この20年、日本は残念ながら、ある意味で不幸になっていった。平成20年度国民生活白書によると、1984年以降金融経済危機の直前まで、1人当たり実質GDPは一貫して上昇しているにもかかわらず、日本人の生活満足度は一貫して低下している。日本において、米国に依存し追随した「経済的自由」は人々の幸福を切り裂いていった。

有名な心理学者マズローの欲求五段階説では最も高次の欲求が「自己実現」になっている。しかし最近の研究ではマズローはその上にもっと高次の欲求をおいていたという。それは「コミュニティ発展」の欲求だ。国民生活白書も幸福の重要な要素は人々の「きずな」であり、人々が支えあうという社会資本だという。本当の幸福のための経済のあり方を今こそ構想しなければならないと思う。

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