点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

受容の姿勢

2010年04月01日
受容の姿勢
 本田由紀(東京大学大学院教授)  2010年4月1日

人は、表面から見ただけでは全然わからないと思うことがよくある。たとえば私の学生でも、寡黙で内気に見える子が実はインタビュー調査がとても上手だったり、あるいは派手で軽薄に見える子が実は計量分析のセンスがピカ一だったりする。そういう意外性を目の当たりにすると、とてもうれしくなる。だが逆に、口頭でのコミュニケーションは人一倍巧みでも、じっくりした文章を書くことが不得手な子もいる。また、学生ではないが某所で接する機会のあった若者は、外見はとてもおしゃれでふるまいも強気だが、実は震えるほど繊細で脆弱な内面を持っていることが、書いてもらった短文を通じてわかった。とかく、人は外見とは時に相反するような能力や内面を持っているものだと思う。それゆえ人と人との関係は難しいし、面白いと。

しかし、というか、だからこそ、というか、人は表面的なふるまいで決めつけられ、人生まで捻じ曲げられてしまうこともある。先日、埼玉県で学童保育の指導員を長くされている河野伸枝さんのお話をうかがった際に、強くそう思った。河野さんの学童保育に来ている子どもの中には、荒々しい言葉遣いをしたり、わめき叫んだり、暴れたりする子がいる。そういう子どもは、学校で同じことをやっていれば、すぐに問題児だとみなされ、家庭に注意や改善を求める連絡がゆくだろう。実際に、河野さんのところの子どもでも、学校や家庭で厳しい扱いをされている場合もある。しかし、「この子はだめだ」という決めつけは、悪循環しか生まない。それは子どもをいっそう荒んだ気持ちにさせ、周囲との関係をずたずたにしてゆく。

河野さんは、そのような子どもが投げてくるきつい言葉に傷つけられたりしながらも、自分がその子に抱いてしまいがちな否定的な感情と向き合い、しっかり呼吸を整えてから、その子に向き合う。ただひたすら一緒にいる時間を経た上で、「ほんとはこうしたかったんだよね」、「あのことがつらかったんだよね」という柔らかい語りかけを繰り返すことで、子どもの表情は少しずつほぐれ、ぽつぽつと気持ちを話し始めたり、ふるまいを変える努力をし始めたりする。

河野さんが向き合うのは子どもたちだけではない。様々に閉塞した状況に置かれてぴりぴりと殺気立っているような保護者に対しても、河野さんは「たいへんだね」、「よくがんばってるよね」と声をかける。それによって、涙を流したり、家庭の実情を話したりして、やがて子どもにやさしくなれる親もいる。

河野さんのように、否定的な決め付けをしないこと、ひとまず受け容れること、その人の中にあって隠れているものに耳を傾けることが、とても大事だと思う。今のこの社会ではどこでも余裕がなくなり、そういう関係性が難しくなっているからこそ。世界に耳を澄まさねば、と思う。

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