点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

やりすごされた「宿題」

2011年01月05日
やりすごされた「宿題」
 本田由紀(東京大学大学院教授)  2011年1月5日

新規学卒者の就職状況がきわめて厳しいことが繰り返し報道され、社会からの関心も高まっている。新卒就職のあり方は私の長年の研究テーマの一つでもあり、この間、いくつかの動きに関わってきた。8月には日本学術会議の「大学教育の分野別質保障のあり方検討会」の報告書が提出され、その第三分科会である「大学と職業との接続検討分科会」の報告部分では現在の大卒就職の諸問題と変革の方向性が提言されている。私はこの分科会の幹事として最終報告の作成に至るまでの経緯に立ち会ってきた。

この提言は多面的かつ包括的なものであるが、その中で、マスメディアや政策立案者が着目し強調したのは、「卒業後3年目までは新卒扱いに」という一部分であり、それに対して様々な疑問や批判も提出された。確かに、この部分だけをとりだして提唱しても、新卒就職問題の緩和や解決には直結しないだろう。しかし、分科会のメンバーが意図していたのは、在学時に内定が得られないまま卒業し既卒者になると就職先への応募機会が限られるという現状の打開であり、それに現実性を与える表現として「卒業後少なくとも3年程度は」新卒・既卒の差別をしないでほしいという要請をしたにすぎない。

分科会報告の骨格をなしていたのは、第一に、大学教育と仕事の内容的関連を現状よりも強めること、第二に、就職・採用活動のタイミングや期間については卒業後の応募機会の拡大をも含め時間的余地を増やすこと、であった。いずれも、採用の「厳選」化とともに、就職活動が大学教育を阻害する形で早期化・煩雑化しており、かつ採用基準が不透明で漠然としている中で大学生がいたずらに翻弄されている事態に歯止めをかけることを目的としている。その基盤となっているのは、個人の人格や資質、経歴を、差別を内包した曖昧な形で採用選考の俎上に載せるのではなく、各人がこれまでに培ってきた具体的な知識・技能や志望に即した採用と処遇がなされるようにすべきであるという考え方である。

従来の日本における教育と仕事との接続においては、内容的連関は希薄であったが、とにかく卒業時までに何らかの企業への正規の所属を得ていることが重視されてきた。しかし、後者が当てはまる範囲が縮小している中で、これまでの接続のあり方自体を根本的に問い直す必要が生じている。それは大学のみならず、高校と仕事との接続に関しても当てはまる。80年代まで、雇用がかなりの程度確保されていた陰でやりすごされていた「宿題」に、日本の教育は今正面から向かい合わなければならなくなっているのだ。

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