点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

「たおやめぶり」の復権

2011年03月01日
「たおやめぶり」の復権
 伊藤宏一(千葉商科大学大学院教授)  2011年3月1日

「たおやめ」とは、若い女房のしなやかな腕のことだ。その細腕はしかし、自分の赤子を長時間抱く強さも持っている。賀茂真淵が「たおやめぶり」と評した古今集の「かな序」で、紀貫之は「花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける。力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれとおもはせ、男女の仲をも柔らげ、猛き武士の心をも慰むるは歌なり」と云う。一見か細く弱々しく見えるものに、実は天地を動かすほどの力があるというこの指摘にこそ、「ますらおぶり」に対する「たおやめぶり」の本質があるのではと思う。

少し広げて考えると、「ますらおぶり」は自然や人間に対して勇猛果敢・猪突猛進の前進主義で支配を目指すが、「たおやめぶり」は、それらを柔軟に受け入れて仲良くし、いつの間にか我がものとする。「ますらおぶり」の世界では、Bを負かしてA化する。Aが負ければ全部、Bになる。Bが負ければ全部、Aになる。強くて勝てばいいけれど、負けるとポキンと折れてしまう。「たおやめぶり」は引くことを知っており、ジワーッと取り込んで馴染ませていく。だから一挙に崩れることはない。

日本人は古来、自然に対して「たおやめぶり」だった。古神道では自然に八百万の神が宿り、日本仏教では水にも一輪の花にも仏性を認め、自然は畏敬すべき神仏だった。例えば、川には流量調節機能があり森林も川の蛇行も川の流れをゆるやかにするのに役立ったので、それを生かしながら川とつきあい、洪水をなだめる低水工事を行って信玄堤に象徴されるように中小の洪水は防ぎつつ、大洪水は氾濫に任せた。

だが明治になって、日本人は一挙に「ますらおぶり」になった。明治二九年にできた河川法など治水三法は、堤防で川を支配し洪水を川に押し込め海に捨てる高水工事を導入した。都市部の川は埋め立てられ、川の周りの森林は伐採されて住宅地が拡大した。森も川も「ますらおぶり」に呑み込まれていき、戦後は、もっと大規模な自然支配が進んでいった。

地球規模の気象変動で大雪や水害に見舞われる時代、そんなやり方はもう限界にきている。太陽光や小水力・風力などの再生可能エネルギーの恩恵を受けるためには、「たおやめぶり」の態度が必須だ。この一五〇年ほどの無理な「ますらおぶり」から脱して、自然と人間に対して「たおやめぶり」を、もう一度高度に復権させるべきだろう。

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