点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

社会は変えられる

2011年04月01日
社会は変えられる
 本田由紀(東京大学大学院教授)  2011年4月1日

堤未果さんの『社会の真実の見つけ方』(岩波ジュニア新書、二〇一一年二月刊)を興味深く読んだ。新自由主義下のアメリカで進行している数々のすさまじい事実を、その渦中にある人々の肉声によって生々しく伝えている。メディアによる「対テロ戦争」キャンペーンや貧困者を軍隊に勧誘する「経済徴兵制」、ウィキリークスの意味など、重要なイシューが多数取り上げられているが、中でもアメリカの公教育の実態について論じている第二章が印象的である。

二〇〇二年に成立した「落ちこぼれゼロ法」は、国内の全生徒に国語と算数の「一斉学力テスト」を課し、その点数が基準に達しなかった場合、学校への予算配分や教師の賃金が削減される。数年続けて改善が見られなかった学校は廃校になるか民営化されてチャータースクールとなる。この法律によってもたらされたのは学力の向上ではなく、一斉テストにおける不正行為や校内成績の改ざんの頻発、国語と算数以外の授業の大幅減少、テスト対策のための補習授業等による教師のバーンアウトと離職率の増大等々である。

公教育における「成果主義」は、オバマ政権のもとでむしろ加速されている。2009年には全米各州が政権の指定する条件を満たす教育改革方針をプレゼンし、優秀な州が「賞金」を獲得する「全米予算獲得レース」までもが実施された。政権が求める条件とは、生徒の成績と教員への評価および賃金の連動の強化、民営化の促進、授業時数の増加など、目に見える教育「成果」を達成することを目的とするものであった。

こうした動向の中で重要な位置づけを与えられているチャータースクールは、市民が民主的に運営する新たな公教育というかつてのイメージから大きく変容し、今やビル・ゲイツやウォルマートなどの巨大な基金による「ベンチャー型チャリティ」の投資先となり、やはり融資の条件として学校運営の効率化や競争強化が課されている。

これらの報告を、他国の話として聞き流すことなどできるわけがない。これほど極端ではなくとも、日本でもよく似た現象がそこここで起こっているからだ。でも、だからといって絶望している場合ではない。堤未果さんは、希望の光のひとつとして、公教育支援NPOティーチ・フォー・アメリカをあげている。理想に燃える若者に教職の訓練を施した上で教育現場に送り込む。教育現場の現実を知った彼らが教師や教育政策立案者として巣立ってゆく。社会は変えられるのだ。人々の力を集めることによって。

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