点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

大切な光

2011年07月01日
大切な光
 本田由紀(東京大学大学院教授)  2011年7月1日

三月一一日に発生した東日本大震災は、被災地における教育や子ども・若者にも甚大な影響を及ぼした。多くの子どもや若者、教職員、その家族の方たちの命が失われたのみならず、校舎の破壊、校舎が避難所に使用されることによる教育への支障、他地域への避難による児童生徒の離散、地域自体の復興の展望が立たないことによる仮設校舎建設の遅れ、原発事故による放射能の危険が学校教育にも及んでいることなど、痛ましい事実を告げる報道が数か月経っても後を絶たない。マスメディアやインターネット上では、これまでの生活が大きく損なわれた人々の悲痛な言葉が数多く流れている。それらに接する非被災地の人々の中にも、厳しい状況にある被災者の方たちの苦しさを思う痛みと、自らはたまたまそれを免れているという痛みを、二重に感じている場合は多いだろう。しかも、生産チェーンの寸断や電力不足による第二次産業の停滞、風評等による第一次・第三次産業の損害を考慮すれば、およそ国内のあらゆる地域が大震災と無関係ではありえない状態にある。

このような総じて暗い状況の中で、私たちにとって大切な光だと感じられるのは、もっともつらい立場にあるはずの子どもや若者たちが、しっかりと顔を上げて前を見据えていてくれることである。「これまで当たり前だと思っていた生活が、とても幸せだとわかった。震災を受け止めて、これから生きていきたい」〈岩手県大槌町、山崎涼子さん、12歳〉。「救護係の母を手伝って私もがんばる」〈宮城県石巻市北上町、阿部凛さん、17歳〉。「約束通り(引用者注:津波で亡くなったお父さんの)後を継いで立派な板金屋になるからな。俺のラップ、お経みたいって、好きじゃなかったようだけど」〈岩手県陸前高田市、菅野貴裕さん、18歳〉(引用はいずれも二〇一一年四月二日付朝日新聞より)。彼らの言葉や思いに、大人たちはむしろ励まされる。

思えば大震災の以前から、この社会には重苦しい雲が垂れこめていた。教育にも、それを終えた後の雇用にも、旧い制度が社会や経済の変化に立ち遅れていることによる様々な問題が表れていた。今回の巨大な災害によって、それらの問題は是正されたどころか、むしろいっそう剥き出しになっている。だからこそ今、苦難の中で力強く生きようとしている子どもや若者たちに対して何ができるのかを、大人たちはそれぞれの立場から真剣に考え、動かなければならない。虚飾や惰性をふるい落とし、生きていく上で実質的に有用な知恵と技をありったけ若い世代に伝え、彼らの新しい創意がこの社会を立て直してくれるための土台を築くこと。それが、すべての大人の担うべき責任である。

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