点鐘 [連載コラム]

写真
点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

自立へのきずな ―インドラの網―

2011年09月01日
自立へのきずな ―インドラの網―
 伊藤宏一(千葉商科大学大学院教授)  2011年9月1日

五月に小水力利用推進協議会のセミナーで徳島に行った。協議会の会長は、有名な上勝町の町長さんだ。上勝町は山中の町だが、町で会社を起して葉っぱビジネスをしている。刺身のつまになる葉っぱの注文を受けて出荷し、この仕事をしている高齢のおばあさん達が町一番の稼ぎ頭だ。ゴミゼロの推進や自然エネルギーの推進もしている自立的なすばらしい町だ。

いま話題の町がもう一つある。岩手県葛巻町だ。牧場でミルクや牛肉を作りワインも生産し、風力発電などでエネルギー自給率一八〇%の自立的な町だ。しかし他方で原発と補助金に依存する町がいくつもある。どちらが日本の希望か、と言えば前者だろう。

昨年春ドイツで「第四の革命―エネルギー自立―」という映画が公開された。自然エネルギーの可能性をドキュメンタリーで映像化したものだ。タイトルの中の「自立」というポジティブな言葉に注目したい。重厚長大で一極集中の原子力発電への依存から、地域分散で多様な自然の恵みからエネルギーを作るエネルギー自立への道を示す言葉だ。エネルギー自立は地域の自立の根幹であり、人々の生活の自立の重要な要素だろう。

ここで考えたいのは、日本で広がっている「きずな」という言葉だ。何を目的にどう繋がるかが、深められなければならない。九州電力のやらせメールに見られるのは、上意下達の垂直的きずな、押しつけ的きずなだ。それは上からの支配のきずなであり、依存を強制するきずなだ。これに対して被災地へのボランティアは水平的なきずなだ。自分の心を空にして被災者の皆さんのことを思い、その痛みを分かち合い和らげようとする暖かいきずなだ。それは家族のきずな、地域のきずなの広がりの延長で、自立を支える双方向なきずなだ。この自立へのきずなは、直接的であることも大切だ。六月初め、日本赤十字等に集まった義援金二五〇〇億円のうち、被災者に渡ったのはわずかに一五%だけという悲しい報道があった。これでは気持ちは届かない。例えばふるさと納税なら、被災した特定の町を直接お金で支援することができる。人々が横に直接つながる方法をもっと考えよう。

宮沢賢治に『インドラの網』という作品がある。帝釈天の御殿の天井に張り巡らされた珠玉を連ねた網がインドラの網で、珠玉がお互いに自分の光を反射し、お互いを映じ、融通無碍に繋がりあう様を意味する。珠玉の人々が、ふれあいやインターネットにより繋がりあう事、これが「希望の原理」の一つだと思う。

pagetop