点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

可能性を未来へつなぐ

2012年05月07日
可能性を未来へつなぐ
 本田由紀(東京大学大学院教授)  2012年5月1日

常にばたばたしているので、私はテレビを落ち着いて見る機会があまりない。でも先日、子どもたちが見ていた「劇的ビフォー・アフター」という番組を、家事をしながら横目で見ていたら、あまりの面白さについ座りこんでじっくりと見入ってしまった。その日の内容は、佐渡に住むあるご家族のお宅をリフォームするというものだった。数十年前まで牛を飼っていたというそのお宅は、以前の牛舎を改築した棟が本宅であり、離れには高齢のお母さんが住んでいる。しかし離れには水回りの設備が無く、本宅も潮風にさらされたトタン板の外壁が劣化してぼろぼろになっている。

このお宅をリフォームするために、建築家の瀬野和広さんがやってきた。瀬野さんはまず、その海辺の町をくまなく見てまわる。瀬野さんの目には、家々の建築に使われている素材や地域独特の建築慣習などが、一瞥ですべて明らかである。いざリフォームを開始すれば、問題だらけに見えたそのお宅の構造や素材が、実はすばらしいものであることが判明する。今では手に入りにくい上質の土に藁を練り込んだ土壁、立派な赤松の梁。瀬野さんはそれらをすべて活かしながら、その家を作り変えてゆく。

途中で、中学校の教員をされている娘さんが、一〇人ほどの生徒を連れて帰ってきた。瀬野さんから工具の説明を受け鋸の使い方を学んだ生徒たちは、嬉々として竹藪で竹を伐り出してくる。長い竹を束にして、数人ずつ力を合わせて運んでくる。その竹も、縁側など様々な個所に使われる。こうしてそのお宅は、快適で美しく、しかも昔の思い出もちゃんと残された新しい住処として蘇った。

画面の中で展開されるこの一連のプロセスから、私は目が離せなかった。瀬野さんの、舌を巻くような豊富な知識とアイデアが、みるみるうちに具体的なモノへと結集され、人の生活を暖かく包み込む場所となる。地域の職人たちの確かな技能がそれを支える。ここには確かに、人間が何かを「できる」ようになるということの、最良の姿のひとつがあると、私は思った。

家を作り変えることと比べると、人や社会を作り変えることには、まったく別の難しさがある。人も社会も、それらをよりよくしたいという意図を以て関わる主体が思う通りには、なかなかならない。それでも、思い通りになどならなくていいから、もっとこんな可能性もある、こんなことも「できる」ようになるはず、という切ない期待とともに、人や社会に働きかけ続ける人々が、いつもいつも存在している。瀬野さんも、竹を伐ってきた中学生たちも、そうした働きかけを浴びながら成長してきたはずだ。そのような営みが脈々と受け継がれてきた時間の突端で、私たちは生きている。そしてそれを、さらに未来につないでゆく。

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