点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

倒錯感の支配を抜けて

2012年09月03日
倒錯感の支配を抜けて
 奥井禮喜(月刊ライフビジョン発行人)  2012年9月1日

シモーヌ・ヴェイユ(一九〇九~一九四三 仏)は、優秀な哲学教師だった。

彼女は労働者の生活に強く同情し給与をはたいて労働運動の応援をしていたが、外からの応援では納得できず、教師の仕事を棄てて女子工員になった。労働者自身として体験し、運動を性根の入ったものにしたいと考えた。仕事は汚く、危険で、ノルマ・服務が厳格、細分化・分業化され機械の一部の如くひたすら動き回るしかない。工場長の命令は絶対である。異議を唱えれば即刻解雇される。

貧しい女工は耐えるしかない。慣れてくると一日終われば妙に達成感がある。過酷、容赦ない抑圧に対して反抗心ではなく服従心が支配する。さらに慣れると諦めが支配する。「貧困、隷従、依存による毎日の打撃の習慣からの劣等感ほど思考を麻痺させるものはない。隷属の不滅の要素がある。暮らしを立てるために仕方がないという理由である」。そして、「耐えがたい誘惑はまったく考えるのを放棄してしまいたい」精神状態に気づく。この自己省察は胸に迫る。

彼女の時代のフランス労働事情とわが国の現在とは異なる。飢餓的貧困が前提ではない。とはいえ長時間労働で疲労困憊している人は少なくない。忙しい、本なんか読む暇がない。自分の時間が極度に圧迫されているから余暇というほどの時間はなく、休養・睡眠に回すしかない。「今日もよくやった」と自分を慰める。考える時間がないという事情が、何かに耐えている快感に昇華!してしまっているかもしれない。もしそうなら現実に対する倒錯感が支配していることである。

世の中は混沌としているという。何をもって混沌というかは横へ置くとして、混沌を作り出しているのは結局われわれではないのか。誰もが当事者である。なおかつ自分たちが作り出した混沌を日常的に生きている。だから《なんとか劇場》が延々続くわけである。

混沌と手を切る思想を育てねばならない。

シモーヌは三四歳で早逝した。残された著書「労働と人生についての省察」に、同志であり終生親交のあったA・テヴノン女史は「彼女の要求の厳しさ、容赦のない厳密さで考えるように強いられたことを忘れません」と言葉を添えた。

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