点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

分かち合いの生活設計

2012年10月01日
分かち合いの生活設計
 伊藤宏一(千葉商科大学大学院教授)  2012年10月1日

「一家の経済…は、日々の暮らしに事欠かぬように、病気その他ありがちな難儀にそなえる貯金があって、…子どもをその才分に応じて教育することができ、…暮らし相当の家屋敷でも持って、老後も子どものやっかいにならずに、静かに暮らせる程度が上乗のもの…。…簡素な生活をして、子どもをよく教育し、家屋敷ぐらいのこして死ぬということは、普通の良民にとってはなかなかの努力です。夫婦心を協せて、本気でゆだんなく勉強して、はじめてうけ得る幸福だと思います。」(『羽仁もと子著作集9』1927)。

フランス人牧師C・ワグナーの本「シンプルライフ」(1901)に由来する「簡素な生活」をキーワードにしたこの文章は、生活設計という考え方の原型というべきものだろう。生活の予定と予算を立てること、家計の基礎として収入1年分の予備費を持ち、年収の80%を生活費に、10%を純貯金に、6%を臨時費(出産・病気)に、3%を生命保険に、1%を「他人のため社会のため」の公共費に使う事、「自分の手足を無駄にする生活は、金や時間を無駄にする以上に不幸にする」といった羽仁の指摘は、今日も生きている。

さてその後、日本人の「生活設計」は苦難の道を歩む。戦前最大の主婦向け商業雑誌だった『主婦の友』で「1%の公共費」は消え失せ、生活設計は純粋な私事となった。戦争がやってくると、生活設計はお国のためのものになった。1945年用『生活家計簿』(大蔵省・大政翼賛会推薦、主婦の友社編集1944年11月発行)は、「決戦下(一)勤労再生産のための家庭生活の管理と(二)戦力増強への挺身は主婦の御奉公の道です。一粒の米、一枚の紙…も皆戦力に関係があるのです。」と書いた。戦争直後もこの延長線上で、政府は貯蓄増強の生活設計を閣議決定して国民に説く。「新タナル生活設計ノ下常ニ貯蓄源泉ノ涵養ニ努ムルノ風ヲ助長スルコト」(「戦後ニ於ケル国民貯蓄増強方針ニ関スル件」1945年・昭和20年9月11日閣議決定、傍線は筆者)。高度経済成長時には、経済的に安定はしているが企業依存の固定的生活設計へと転換し、1989年以降は「自己責任」の名の下に、国も企業も個人の生活設計を見放していく一方で家計は個計化し、全体として人々は孤立化していった。

こうして見ると、少子超高齢化が進行する中で今日、希望ある暮らしを創造するためには、「社会の中で分かち合う自立共生型生活設計」というコンセプトへの転換がますます必要になっているように感じる。

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