点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

カリキュラム・イノベーション

2012年11月01日
カリキュラム・イノベーション
 本田由紀(東京大学大学院教授)  2012年11月1日

東京大学大学院教育学研究科は、「社会に生きる学力形成をめざしたカリキュラム・イノベーションの理論的・実践的研究」という標題の研究プロジェクトに取り組んでいる。研究科に属する多くの教員がプロジェクトに参加し、東京大学附属中等教育学校との密な連携のもと、新しい教育方法や教育内容に関する実践と調査が進められており、それら研究成果に基づいて、カリキュラム・イノベーションに関する具体的な提案につなげてゆこうとしている。筆者もこのプロジェクトのメンバーである。

九月末に、研究の一部を中間報告するためのシンポジウムが開催された。教育課程特例校における地方発のカリキュラム開発の現状に関する調査結果、日本語・英語・漢文など複数の言語の文法構造を横断的に捉える「メタ文法」授業の実践と成果、そして筆者による「職業的意義のある教育」の授業実践とその効果、という三つの報告が行われたのち、指定討論者からコメントがなされ、続いて会場全体での質疑応答になった。

会場から、現職の高校教員の方が次のように発言された。「このようなシンポジウムで刺激的なお話をうかがっても、職場の高校に戻ると、いっきに意欲がしぼんでしまいます。普通科高校で、いわゆる困難校と呼ばれるところはいろいろ新しい工夫をしたりしていますが、中から上のランクの普通科高校はとても保守的です。教科のカベを教員自身が硬く作り上げてしまっているし、生徒を権利行使の主体や市民と捉えることを教員が嫌がる雰囲気が強いです。そういう現場でどうすればカリキュラムのイノベーションが広がるのか、そういうことから考えていく必要がないでしょうか」。

シンポジウム後の茶話会でも、別の方から、「カリキュラムのイノベーションに関して、教員自身からのニーズというものはほとんどないのではないでしょうか」という意見をうかがった。

教育現場では、数値で把握できるような成果を出すことへの圧力の高まりや、キャリア教育など新しい課題の導入に伴って、教員の多忙化が進んでいることはよく知られている。学校や教員への家庭や社会からの風当たりも以前より強くなっている。そのようなぎりぎりの状況のもとで、カリキュラムの改革に取り組むようなインセンティブが働かないことは当然ともいえる。

しかし、目の前の子どもや若者の現在と将来、そして社会の現状を直視すれば、従来通りの教育を続けていてよいのかという問いは自然に浮かび上がってくるはずだ。もちろん、下からのイノベーションを上からおしつけることは茶番でしかない。またそもそも、人員や予算の余裕がなければ現場が動きようもないことは確かだ。だからこそ、黙り込んで過去を踏襲し続けていてはならない。いかにうまく既成の内容を教え込むか、いかに進学やテストの実績をあげるかに注力することを超えて、子どもや若者をエンパワーするために役立つ要求や提案を、現場からもどんどん出していただきたい。

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