点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

アバドと分散型ネットワーク文化

2014年03月03日
アバドと分散型ネットワーク文化
 伊藤宏一(千葉商科大学大学院教授)  2014年3月3日

2014年1月に指揮者クラウディオ・アバドが亡くなった。享年80歳。

20世紀のオーケストラ音楽は、支配者として君臨する指揮者がオーケストラを統率してマーラーやワーグナーの巨大な音楽を演奏する世界だった。それは石油会社や自動車会社など巨大な独占資本システムとそこに君臨する経営者の有様に似ている。アバドはそんな世界に、ファシズムと戦った両親の下で育ち、指揮者としての仕事を始めた。保守的なウイーン・フィルや「帝王」カラヤンの「手兵」で意志力と陶酔的激情を表現するベルリン・フィルの威圧的な世界と戦った。ベルリン・フィルの時代、多くの「手兵」的な古参メンバーが退職する機会に、女性や海外の若手のメンバーを次々と入れ、ルイジ・ノーノらの現代曲も盛んに演奏した。マイクロソフトの中央集権的コンピュータシステムが、分散型ネットワークの個人の自由なコミュニケーション・ツールとしてのパソコンやスマホ・タブレットに後塵を拝するようになり、エネルギー分野では中央集権的な原子力発電が、地域に根ざした分散型の再生可能エネルギーに置き換わっていく方向が出てくる中、クラシック音楽の文化も、ピリオド楽器の再生や室内オーケストラの興隆の流れが鮮明に出て来た。

こうした状況の中、アバドはヨーロッパ室内管弦楽団を作った経験を前へ進め、ベルリン・フィルをあっさりと辞め、小ぶりのマーラー室内管弦楽団やモーツァルト管弦楽団などを立ち上げ、ベネズエラのシモン・ボリバル・ユース・オーケストラを指揮し、分散型ネットワークのクラシック文化を展開していった。大規模なルツェルン祝祭オーケストラも始めたが、個性と才能あふれるメンバー一人一人が主人公で、アバドは彼らと「共に」音楽を作っていった。彼らが2006年一度だけ来日した時の演奏も、そうだった。

アバドが指揮した「ブランデンブルグ協奏曲」のDVDをみてほしい。カルミニョーラやブルネロそしてペトリといった名手が若手奏者と共に溌剌とした演奏を繰り広げている。アバドは奏者の演奏を軽やかに楽しむように指揮し、奏者はアバドにサポートされて自由闊達に演奏している。そこには等身大のバロック音楽の世界がある。先日100%自然エネルギーのデンマーク・サムソ島のリーダー、ソーレンさんと会ったが、アバドの世界もサムソ島も、分散型ネットワークの新しい世界の始まりを示しているように思えてならない。

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