点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

幸せのリデザイン

2014年06月01日
幸せのリデザイン
 
 伊藤宏一(千葉商科大学大学院教授)   2014年6月1日

「私の幸せ」を経済的豊かさの中で実現することをめざして、経済成長期の人々は、大企業の「社員」という匿名的な存在に甘んじながら生きてきた。しかし21世紀になって大企業は、非正規労働者を増やし、工場を海外移転し、企業福祉を減らして、働く人々の幸せを切り捨てだした。国家もまた同様だ。経済成長期には、公的年金や健康保険など社会保障制度が充実していたが、今日では社会保障削減と所得税・消費税増税で、生活する人々に不安を掻き立てている。大企業や国という「長いもの」に巻かれながらの自己実現は今や暗礁に乗り上げ、孤立する人々が都会を中心に加速度的に増えている。

しかし他方で目を凝らすと、新しい生き方を始めている人々がいる。受験競争やキャリア競争で他人を追い落とし、「偏差値」や「キャリア」に乗って、自分だけ幸せを追求することが幸せなのか? と疑問を感じ、顔の見える人々や自然との繋がりの中に幸せをリデザインしていく人々が登場している。

例えば熊本県南阿蘇で、子育てしながら無農薬の有機米やあか牛を育て、バイオマス発電に取組む大津愛梨さん。ドイツ生れで東京育ち。東京の大学とドイツの大学院で勉強し、結婚して夫の故郷で就農した(TV熊本スーパーNEWS「農業のチカラ」2013/11)。英語も上手で海外の人々とも交流している。3月の始め、東京で全国の市民電力会社が集まる会に参加したが、たくさんの生き生きとした女性起業家の中で、着物を纏ってひときわ精彩を放っていたのが大津さんだ。

都会はお金があれば快適かも知れないが、お金がないと暮らせず、しかも人は匿名的存在で他人と競争的だ。ところが地域には水や新鮮な食料や自然エネルギー、そして顔の見える人々の優しい繋がりという富がある。更に多様な個性を持つ地域どうしが国内外で繋がり始めている。お金はそれほどなくても心豊かに支えあって楽しく暮らしていける。貨幣やマクロ経済に換算できないボランタリーな地域経済と、個性的な地域文化を再発見し、エネルギーや食料をみんなで作り出す。新しい時代の幸せは、コミュニティに根ざした暮らしにあるだろう。


髪を長くしコーヒーを呑み

空虚に待てる顔つきを見よ

なべての悩みをたきぎと燃やし

なべての心を心とせよ

風とゆききし

雲からエネルギーをとれ

(宮沢賢治『農民芸術概論綱要』より)

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