点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

実践的な労働法教育 ?働かせる側と働く側の利害対立が前提

2014年10月01日
実践的な労働法教育 ?働かせる側と働く側の利害対立が前提
 
 本田由紀(東京大学大学院教授)   2014年10月1日

「9月4日の夕方に、「実践!ワークルール教育」というセミナーが、日本労働弁護団とブラック企業対策プロジェクト(注、以下「プロジェクト」と略記)の共催で開催された。まず、プロジェクトのホームページから無料ダウンロードできる冊子「今すぐ使える!労働法教育ガイドブック」を用いて、高校1年生を対象として想定した模擬授業が行われた。

それに続き、プロジェクトの共同代表である今野晴貴さんから、模擬授業の内容について解説が加えられた。今野さんによれば、今回の模擬授業の特徴は、労働関連法規の条文にはほとんど触れず、仕事現場において違法で不当な処遇がなされた場合の実践的な対処法と考え方に焦点化していることにある。日本でこうした実践的な労働法教育がこれまでほとんどなされなかった理由は、働かせる側(企業)と働く側との間で紛争や利害対立が生じうるという想定が希薄であり、働くということは「会社のために一所懸命がんばること」、「つらいことがあっても我慢すること」だという認識が、保護者や教員も含めてほぼ社会全体の合意のようになっていたことにある。

しかし今や、企業の一部では、自己都合退職への追い込みや固定残業制など、働く者をとことんまで使いつぶすための洗練された労務管理手法?それについてのマニュアル本は数多く出版されている?が導入されるようになっている。もはや、「会社のためにがんばればいつかは報われる」という発想が通用しないような職場が増殖し始めているのだ。このような事態の前で、使えない知識をただ暗記する条文教育も、「人間力」で職場に適応することを奨励するキャリア教育も、まったく無力である。だからこそ、売る側と買う側の利害対立を前提とする消費者教育と同様に、働かせる側と働く側の利害対立を前提とする実践的な労働法教育が求められるのであり、書面や記録を残すこと、専門家に相談することなど具体的な対処法を学校の中で伝えておくことが必要なのだ。

セミナーの後で、ある定時制高校のスクールソーシャルワーカーの方が、労働法教育を行おうとすると教員から妨害を受けると嘆いていた。教育の責任とは何か、厳しく問い直されるべきである。

注)「ブラック企業」という言葉が人種差別的ではないかという指摘がある。言うまでもなく、この言葉に日本では人種差別的ニュアンスはないが、海外でも広く使える代替的な用語を検討してゆく可能性はある。

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