点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

一色の価値観

2016年03月01日
一色の価値観
 
 本田由紀(東京大学大学院教授)  2016年3月1日

1月28日に、ベネッセ教育総合研究所は第5回学習基本調査の結果を発表した。これは、1990年、1996年、2001年、2006年に実施されてきた過去4回の調査に続くもので、実施時期は2015年6?7月、調査対象は小学5年生、中学2年生、高校2年生である。

今回の結果に関して注目されるのは、学校外での学習時間の増加、学習意欲の上昇、勉強の効用感の増加など、総じて「勉強すること」が小中高生にとってもつ意味の増大である。学習時間に関しては、小中学生では第1回調査から第3回調査まで減少し続けており、第4回調査で反転して今回も増加した。高校生では第4回調査でも第3回と同水準だったが、今回は明確に増加した。ただし、高校の偏差値別に見ると、50未満の高校では学習時間はほとんど増えておらず、50以上55未満で前回平均プラス約24分と大きく伸び、55以上でもプラス約14分となっている。すなわち、成績中上位層の高校生と、それ以外の高校生の間で、学習時間の二極化が顕在化している。

また学習時間のうちで学校からの宿題をしている時間が実数・比率ともに増えており、学校からの宿題が過去よりも多くなっていることがうかがわれる。小中学生では大都市よりも地方都市や郡部で、高校生では偏差値50以上55未満の高校で、宿題時間の伸びが大きい。これらが学習時間の増加を牽引していると言える。

勉強への意識の面でも、「できるだけいい高校や大学に入れるよう、成績を上げたい」、「今は勉強することが一番大切なことだ」などの項目を肯定する比率が高まり、また学校の勉強が「一流の会社に入るために」、「お金持ちになるために」、「会社や役所に入ってえらくなる(出世する)ために」、役立つという回答も上昇している。さらには、「いい大学を卒業すると将来、幸せになれる」という項目への肯定率が、小中高生のいずれも第5回において10数ポイントの顕著な増加を示している。

このような変化は、「脱ゆとり」と言われる現行の学習指導要領の特性にも影響されていると思われる。勉強時間や宿題も増え、勉強に価値を見出しているのであれば、何の問題もないようにも見えるだろう。しかし、彼らの中で、勉強の果実として「一流の会社」に入り「お金持ちに」なり「えらく」なれるのは、「いい大学」を出て「幸せ」になれるのは、どれほどの割合だろうか?学校が一色の価値観に塗りつぶされ、「勝ち組」の椅子の奪い合いや、「負け組」への侮蔑や、「負けた者」の自己否定が渦巻くことは、本当に良いことだろうか?これらの問いを胸の中に置いておいていただきたい。

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