点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

倦まず弛まず

2007年07月20日
倦まず弛まず
奥井 禮喜(月刊ライフビジョン発行人) 
2007年7月20日

「職業に貴賎なし」という。モノを作るのが人であり、人が人の幸福のために社会を作るのだから、人を育てる
仕事としての教職が貴い仕事であることは疑いがない。大概の人は働かなければ生活できない。生活の糧獲得に止まらず、仕事を通して幸福を感得できるように
するのが社会全体のめざす方向でなくちゃあならない。目下、これが最大の問題である。幸福な仕事における人はmoraleが高い、それはprideと
confidenceに裏付けられる。教職者だけではない、今、働く人々が直面しているのは人生におけるmoraleの在り様である。

夏目漱石さんが愛媛県尋常中学校教師時代(1895年)に書かれた「愚見数則」というのがある。いわく、生
徒は学校を旅館、校長を宿屋主人、教師を番頭丁稚くらいにしか見ていない。教師また解雇されぬを以って幸福と思っている。しかし、勉強せねば碌なものにな
れんぞ。自分は教育者に不適だ。だから自分らが教育現場から放逐されるとき教育が隆盛するのだ。教師を乗り越えて行け。理想高くせよ、理想は見識より出、
見識は学問より出る。学問して上等の人間になれ。畢竟人格を磨け、功利主義ではいかん。

やや滑稽味を帯びつつも心情切々。自主的思考のできる、自他ともに幸福な人生(徳)を作るために学べと訴えておられる。

勉学は学校だけに終わらない。人生すべて学びである。たかが試験の成績がどうだこうだと口角泡を飛ばすなど
教育改革の名に恥ずかしくないか。私は多くの社会人を見ていつも思う。人はいつまでも未完成である。ニートだけがモラトリアムなのではない。社会人になっ
て飯が食える程度で一人前になったと考えるのは傲慢である。ペットのタマ・ポチは働かずして飯を食べている。わが国ではHow to liveの思想が弱
い。to haveはあってもto beがないのじゃないか。

教師は貴い職業である。子どもが自分の頭で考えられるように、教えるのは困難極まりない仕事である。まして
今のわが国はとてもじゃないが美しくなんかない。1つひとつの小状況は大状況と密接につながっている。われわれは先人の骨折り仕事の上に立っている。倦ま
ず弛まず、自分らしく骨折り仕事をやっていこうではないか。

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