点鐘 [連載コラム]

写真
点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

M・Oさんの修士論文

2016年06月01日
M・Oさんの修士論文
 
 本田由紀(東京大学大学院教授)  2016年6月1日

毎年毎年、学部4年生が卒業論文を、修士課程2年生が修士論文を、それぞれ書き上げられるように教員として指導をする。勤務先の大学におけるそれらの提出期限は年明けなので、年末やお正月はいつも、メールの添付ファイルで繰り返し送られてくる彼らの原稿を読んでは、直したりコメントしたりすることでつぶれる。首尾よく書き上げられればよいが、毎年、執筆に行き詰まったり、間に合わなくなりそうになったりするケースが発生し、こちらもあたふたと焦って励ましたり急がせたりして、何とか提出できた後にはぐったりとする。

このように書くといかにも上から指導しているようだが、実は彼らの論文から学ばせてもらっていることも多いのである。鋭い観点から、独自の調査を実施して、社会の現実に対して明確なインプリケーションをもつ論文を書き上げる学生も少なくない。

たとえば、M・Oさんの修士論文は、生活困窮家庭の児童に対する学習支援の提供において、自治体の福祉系部署と教育系部署との連携が、どのような場合にはうまくいき、どのような場合にはうまくいかないかを明らかにするために、多数の自治体職員の方々にインタビュー調査を実施した研究である。得られた知見は、学習支援が「学力の向上」を掲げて行われていると、教育系部署や学校現場は、学力を貧困と結びつけることに抵抗を示し、困窮家庭の児童生徒を支援の主な対象とすることに進んで協力しない傾向がある。それに対して、学習支援が「社会性の涵養と不登校やひきこもりの防止」を目的とし、「居場所づくり」も含んで実施されていると、教育側は困窮家庭の児童生徒に対して参加を薦めたり情報を伝えたりすることに積極的に取り組む傾向がある。

ここに表れているのは、「家庭が貧困でも本人の努力によって学力を上げることは可能なはずだ」、「困窮家庭の児童生徒だけの学力を上げる支援は不公平だ」という、教員や教育委員会などがあまりに当然視しており自覚すらされていないような、だからこそ強固な、暗黙の規範である。それを少し迂回して、学力以外の支援が主目的であるような制度設計にすれば、実際には同時に学習支援も行われていても、困窮家庭の児童生徒をそこにつなげることへの教育側からの反発は少ないのである。

M・Oさんは修士課程修了後に民間企業に就職してがんばっている。だがその結果、きわめて興味深いこの研究は修士論文という形でのみ残り、書籍や学術雑誌論文として多くの人の目に触れる機会はほぼない。そのことを、身もだえするほどもったいなく感じるので、せめてこの場を借りて紹介させていただいた。

pagetop