点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

コミュニケーションなくして社会(組織)なし

2016年07月01日
コミュニケーションなくして社会(組織)なし
 
 奥井禮喜(月刊ライフビジョン発行人)  2016年4月1日

ある人事部長が「うちには数百人の博士がいるし、優秀な技術者が数多くいるのだけれど、どうも発信力や受信力が弱い」と語った。つまりコミュニケーション能力が弱いというのである。個人的能力の問題なのか、組織文化の課題なのかと考えているうちに、その大企業は大不振に陥って、いまだ十分に回復したとは言えない。

中堅企業の管理職も「仕事のやり方が個人商店化している」とこれまた困惑していた。技術者本人にしてみれば「わたしは自立したエンジニアである」と自負しているのかもしれない。しかし、せっかく大きな会社にはせ参じて協働の成果を挙げようとするのに、個人商店の主人に納まったのではもったいないどころか、これから先々が心配になる。

二〇万年前に登場したホモ・サピエンスは、一〇万年前には道具や火を使い、一・二万年前に農業を開始し、紀元前五〇〇年くらいに文字・文章がかなり浸透していたという。おそらく農業と社会建設は同時並行的に進んだのではあるまいか。お互いに共通して達成したいことがあり、手振り身振りで意思疎通するところから言葉ができ、文字ができ、文章が作られたと考える。

「はじめにコミュニケーションありき」。コミュニケーションが成立したからこそ社会ができた。「コミュニケーションがなかなかうまくいかなくてねえ」とこぼすのを掃いて捨てるほど聞くけれども、古代にさかのぼって社会を考えれば「コミュニケーションなくして社会(組織)なし」なのである。個人の能力問題にせよ、組織文化の課題にせよ、コミュニケーションが劣化しているのは、社会(組織)が解体に向かっていると考えなければならない。

日本人は、七六〇年も封建社会に閉じ込められた。明治維新で封建社会が終わったのではない。さらに支配権力によって人権無視の弾圧体制が進められ、その頂点が敗戦であった。制度がデモクラシーに変わったとしても、人々がそれを自分のものにするには熟慮と行動を積み重ねるしかない。

いまは、戦後生まれが多数派だといっても、日本人的スパンで考えれば、たった七〇年で立派なデモクラットになれるであろうか。長く「泣く子と地頭には勝てぬ」「見ざる・言わざる・聞かざる」の民であった。コミュニケーション劣化の背後には、いまだ封建主義の妖怪が君臨していると思う。

人交わりを本気でやらねばならない。

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