点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

何が仮装で何が本当なのか

2016年12月01日
何が仮装で何が本当なのか
 
 本田由紀(東京大学大学院教授)  2016年12月1日

悪い意味で信じられないような出来事(トランプの勝利、博多駅前の大陥没、人気企業・人気大学でのすさまじい不祥事などなど…)が続き、眩暈や悪心に襲われる日々である。絶望するのはあまりに容易でいつでもできるので、今はまだしないでおく。しかし、崩れそうな精神の平衡を保つために、今回は政治や経済や社会問題にはあまり関係のないことを書いてみたい。

10月末に、「ハロウィン」と称して仮装をした人々が街に繰り出すイベントが各所で開催されたようだ。私は歳のせいか、悪魔や天使やゾンビに仮装した若者が集まった人混みには関心がない。他方で面白いなー!と思うのは、「地味な仮装限定ハロウィン」という催しである。どのような「地味な仮装」が集まったかは、インターネット上で写真付きで紹介されている。例を挙げれば、「ペンギンの飼育員」「駅前でアンケートをとる女性」「家に帰れないプログラマ」「湘南のスタバにいるノマドワーカー」「国会図書館でコピーをとってくれる人」「ニューヨークの寿司屋」「地域清掃のボランティア」「合格発表を見に来た高校生」…などなど。「小学校教諭・調理実習の小学生・進学校にいる生物教師」という学校関連の偶然コラボチームもあるので、ぜひネット上で検索して見てみてほしい。

どの仮装も、よくまあそういう地味なところに目を付けたな、という点で可笑しいのだが、よくまあ上手にそれぞれの特徴を捉えているな、という点でも感心する。まさに、あーいるいる、という感じなのである。これは社会学的観察眼が求められるな、とひとしきり笑った後で脳裏に浮かんだのは、あ、私は今、「原稿書きに疲れてネット上の面白記事に逃避しているアラフィフ研究者」の仮装をしている、という思考だった。さてそれ以来、まるで太宰治の「トカトントン」のように、この思考が頭をよぎって少し困っている。服には関係ない。シャワーを浴びている時でさえ、「時間がなくて焦って朝シャンをしている中年女性」の仮装をしているような気がするのである。

何が仮装で何が本当なのかなどわからない。与えられた役割や、状況への適応の連続で生きるしかない。しかしむしろ、自分の仮装性に気づくことの有益さもあるかもしれない。読者の中にも、「忙しすぎて疲れ切りとりあえず上からの指示に従う中学校教員」や「教室の秩序を守ることを最優先して自己満足している小学校教員」の仮装をしている方がいるのではないか。気づいても脱げない仮装もある。でも自分が何の仮装をしているかに気づくことからしか、何も始まらない。

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