点鐘 [連載コラム]

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点鐘(テンショウ)とは、航海者に30分毎に時を知らせる鐘の音のことです。帆船時代には4時間(八点鍾)単位に当直を組み、大海原へ乗り出しました。 この連載コラムでは、各界を代表する方々が、自由なテーマで時代の点鐘を鳴らします。

気配を感じる心

2008年10月31日
気配を感じる心
伊藤 宏一(千葉商科大学大学院教授) 
2008年10月31日

日本の風土の特性はモンスーン型森林にあり、年間通して降雨量が多く、春夏秋冬のしなやかな四季の変化が明
確だ。また台風や地震・大雪などの突発的変化もその中に織り交ぜられる。春から夏にかけての高温多湿は草木や作物を育て花を美しくするが、他方で害虫を大
量に発生させる。夏に発生する湿潤な空気は病気を生み,物を腐りやすくするので、風通しの良い住居が日本の家のあるべき姿となっていた。「家は夏をもって
旨とすべし」(吉田兼好)

ここから日本の伝統的な木造住宅は、自然に開かれ自然と交流する仕掛けを持つ。例えば日本建築の仕切りは、
「柔らかな仕切り」だ。生垣、門、襖、障子、格子、簾、衝立などのように物理的防御性の少ないもので内と外、部屋と部屋を区別する。外と内は常緑樹などの
生垣で簡単に仕切られ、部屋も障子で簡単に仕切られ、衝立で区別される。故意に入ろうとするなら簡単に侵入できるし、障子の向こうの部屋の様子と声は意識
すれば認識することができるが、日本人の生活文化には、気配は感じても決して立ち入ってはいけないモラルが存在していた。

西洋建築の部屋は強固な壁によって物理的に仕切られ、建物と外界も同様で、唯一「窓」が外に開かれる機能を持つ。「われわれの室の仕切りは、石と石灰または煉瓦でてきているのに、日本の仕切りは紙と木である。」(ルイス・フロイス)

こうした暮らしをしてきた日本人は、他の人々や風や虫や鳥の気配を感じる心という「共通感覚」を育んでき
た。ところが、19世紀半ばロンドンの第1回万国博覧会の「水晶宮」に端を発するモダンな建築コンセプトが戦後、LDKスタイルのマンション建築という形
で日本の家族に押し寄せ、日本の家は物理的な仕切りと鍵などのセキュリティで防壁的となっていき、風通しよりもクーラーに頼り、子どもは子ども部屋に押し
やられた。近頃は街を歩いている若者も、ケータイやゲーム機に視覚を、iPodなどに聴覚を集中させて、周りの気配を感じる共通感覚を失っている。強い音
や光の刺激には反応しても繊細でささやかな気配には反応しなくなり、殺気すらも感じなくなった。

気配を感じるとは他の人々や自然に心が開かれて交流していることを意味し、そこから周囲への「気配り」の心とコミュニケーションも生まれる。気配を感じる心をいかにして新たに育むか。住宅や文化のあり方もふく大切な課題の1つだと思う。

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