- TOP
- 「自分事としてとらえる防災教育」がもたらす効果とは?
「自分事としてとらえる防災教育」がもたらす効果とは?
中野元太(京都大学防災研究所・巨大災害研究センター・准教授)
専門は、リスクコミュニケーション、防災教育、地域防災、国際支援。日本国内外で地域防災や防災教育の実践的研究を行う。立命館大学歴史都市防災研究所・客員研究員、防災教育学会理事、日本自然災害学会編集幹事。著書(分担執筆)に「天変地異のオープンサイエンス : みんなでつくる科学のカタチ (新曜社)」、「災害復興学事典 (朝倉書店)」。
防災教育にむき合うきっかけ
阪神・淡路大震災が起きた1995年、私は小学校1年生でした。神戸市内で大きな揺れを経験しましたが、幸いにも家族や自宅に大きな被害はありませんでした。防災に強い関心を持ち始めたのは、小学校5年生頃のことです。小学校で配られた震災に関する副読本に載っていた、倒壊した家屋と倒壊しなかった家屋の写真を見て、「なぜすべての家を倒壊しないようにできなかったのだろう」と疑問を抱いたことを覚えています。
その後、当時、全国で唯一の学科だった兵庫県立舞子高校環境防災科に進学しました。防災や環境問題に関心があったことが環境防災科を選んだ理由です。また、当時通っていた中学校で環境防災科の説明会があったのですが、環境防災科の教員は学科の魅力をアピールしながらも「防災に関心がない人は来ないほうがよい」と率直に話していたことが強く印象に残り、進学を決意する大きな契機になりました。こうして私は、少しずつ防災の世界に足をふみ入れることになりました。
「誰が意思決定するのか」という問い
世界の国々と比較すれば、政府による防災投資、防災計画、災害情報の発信などの面において日本は世界有数の防災先進国と言えると思います。もちろん、少子高齢化社会における復興の課題や今後発生が想定される様々な災害への対策など課題はたくさんあります。しかし、注目しなければならないのは、日本では防災対策がすすみ高度化することによって、市民側が政府に防災対策を「お任せ」してしまうという態度を醸成してしまっているということです。
たとえば、様々な災害を想定したハザードマップが作成され、災害情報も高度化し、どこへ避難すべきか、いつ避難すべきかまで行政がお膳立てしてくれるようになりました。行政が非常にていねいに意思決定をしてくれるようになったわけですが、これは裏を返せば「市民が自分で意思決定する権利が失われつつある」とも言えます。これでは、阪神・淡路大震災以前に逆戻りです。防災教育や地域の防災活動は、自ら意思決定する権利を取り戻す営みでもあるのです。
その一例を短く示しておきましょう。高知県黒潮町や四万十町では30メートルを超える津波が想定され、多くの高齢者が「どうせ逃げ切れない」と諦めの言葉を漏らすようになりました。そこで、個別避難訓練支援アプリ「逃げトレ」を使って、高齢者と避難訓練をします。「逃げトレ」は、避難訓練で実際に移動しているルートや時間と、津波浸水シミュレーションを同時に表示してくれます。つまり、高齢者の歩行速度でも想定される巨大津波から逃げられることを、アプリを見ながら避難訓練をすることで体感することができます。これによって、多くの高齢者が「逃げられる」と自信を持つようになりました。自ら意思決定する権利を取り戻すとともに、高齢者の尊厳を守るとりくみにもなりました。

子どもの声が地域を動かす
同じく巨大津波が想定される高知県四万十町興津地区では、小中学校、地域、役場、大学が連携した防災活動が行われてきました。中学生が地域住民の声に着想を得て作成した「津波到達時間表示板」の掲示や、夜間避難を支援するため小学生が作成した「蓄光マーカー」の設置、地域に配布した防災新聞など、防災教育を通して子どもたち自らの手で地域の防災対策に貢献してきた地域です。
特に象徴的なのが、小学5・6年生による防災マップづくりです。子どもたちがテーマを決めます。まち歩きで危険箇所や改善点を調べますが、子どもたちは昼と夜とではリスクが異なることにも気づきます。保護者や地域住民の力を借りて、夜にまち歩きをしたこともありました。こうしてまとめた防災マップを、地域住民や役場職員にむけて発表します。
子どもたちのアイデアや意見によって実現したことがいくつかあります。たとえば、かつて海沿いに位置した保育所について、子どもが「津波からの避難が困難」と発表したところ、当時の町長が高台移転を決断しました。現在その保育所は津波浸水域外にあり、地域の防災拠点として機能しています。また、子どもたちの発信は、避難路の耐震化や防災訓練への保護者の参加促進など、地域に多くの好循環をもたらしました。現在、学校は惜しくも閉校となりましたが、その歩みは旧小学校に開設された「興津ぼうさいミュージアム」で展示され、当時の防災教育の様子を知ることができます。
教職員とともに教材をつくる
話を海外へと移します。2015年のネパール地震では、ネパール各地で多数の住宅が倒壊し、8千人以上の方が命を落とされました。カトマンズに近いアラポット村の学校では、2000年頃から学校地震安全クラブをつくって防災教育にとりくんでいました。このクラブを通して防災教育を受けた子どもたちは、おとなになって村に戻ると地域防災グループを組織し、学校での防災教育や地域住民を対象とした住宅の耐震化指導にとりくみました。その結果、彼らが指導した家屋は、ネパール地震でも倒壊を免れています。防災教育が実際の災害被害軽減にも貢献した一例となりました。
ネパール地震後、カトマンズの北西に位置するヌワコット郡で教職員を対象とした防災教育を行いました。よくあるのは、外国の支援者が防災教材をつくって持ち込み、教材を使いながら教職員に研修するという、トップダウン型の研修スタイルです。こうした手法では、防災教材は使われないということはこれまでの経験からも明らかでした。

そこで、ヌワコット郡ではパイロット校を選定し、まずは教職員に防災教育を実践してもらい、その実践を研修会で共有して議論をして理解を深め、またさらに実践を磨くというサイクルを行いました。つまり、支援者から教職員へのトップダウンではなく、教職員同士の学びあい、高めあいの場づくりをしたのです。こうすることで、教職員は防災教育の実践事例を積み上げます。この実践事例にもとづいて、教職員に防災教育指導書を執筆してもらいました。これまでの、「支援者がマニュアルをつくる」スタイルから、支援対象である「当事者(教職員)がマニュアルをつくる」スタイルへのシフトです。
こうして作成した防災教育指導書は、その地域の教職員が、新型コロナウイルス感染症が蔓延し始めるまでの間、継続的に活用していたことを確認しています。そして何より、支援者がつくる防災教育指導書と当事者がつくる防災教育指導書を比較すると、その構成や内容、強調されていることが大きく違うことも見えてきました。ローカライズした教材の重要性を物語っています。
未来につながる防災教育
防災教育は確実に子どもたちの力になっていると日々感じます。防災教育を続ける教職員からは「学習への集中力が高まった」、「子どもたちが落ち着いてきた」といった声を聞きます。防災教育は、災害時の行動を身につけるだけでなく、学校と地域をつなぎ、子どもたちの自己効力感を高めたり、社会参加意識を育んだりする力をもっています。「防災教育で地域のおとなと話すことが多かったので、面接でもしっかりと自分の意見を言えた」という子どももいます。防災教育を通した防災上の成果が具体的な成果として表れるまでには時間がかかるかもしれません。しかし、地域とともに学び、考え、意思決定する力を育てる防災教育は、未来をつくる教育であると感じています。
